紗夢(シャム)

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【優しくしないで】
【創作】【宵(よい)と暁(あかとき)】

4/12 PM 5:15

「千颯(ちはや)、覚悟はいいか?」
「……分かってるよ、先生。
 優しくしないで、一思いにやってくれ」

 俺の目を真剣に見つめて言う先生に、
 俺も見つめ返してそう答えた。

「すぐ終わる。少しだけ我慢な」
「――ッ! ……っ、いっ、……てぇ……!」

 先生の手が俺の手に触れた途端、
 激痛が襲ってきて、声を漏らさずには
 いられなかった。

「うっ……、っく……!」
「――――良し、整復完了。お疲れ。
 後は固定するからな」
「……アー……超痛かった……」
「大の大人でも、痛すぎて
 もっと叫ぶことがあるからなぁ。
 良く辛抱した方だよ、千颯。偉い偉い」

 強烈な痛みが引いて、一気に脱力する。
 脱臼でずれた俺の関節の骨を
 元の位置に戻した先生は、
 固定材料を指が動かないようにあてて、
 手際良く包帯を巻いていく。

「日向(ひなた)せんせー、
 千颯の手、治った?」

 付き添いで来て、後ろで治療の様子を
 見ていた翼(つばさ)が声をかけてくる。

「今は骨を正常な位置に戻しただけ。
 痛みが完全になくなって、
 普通に動かせるようになるまでには、
 数週間はかかるだろうな」
「そっかー」
「千颯、大丈夫か?」

 能天気にそっかー、と答えただけの
 翼とは対照的に、天明(てんめい)は
 本気で心配してるのが明らかな
 トーンで聞いてくる。
 相変わらず、イケメンな上にイイ奴だ。

「まぁ、利き手じゃねーし、
 骨折よりはマシ。さっきの骨の位置
 戻すのは、超絶痛かったけどな」
「でも、千颯的に、痛いのは
 ご褒美みたいなものじゃないの?」
「待て。人のことドM扱いすんなよ、
 淳(じゅん)」
「優しくしないでとか言ってたくせに」
「そうそう。痛いって言いながら
 なんか嬉しそうなんだよなー」
「痛すぎてちょっとゾクゾクしただけで
 嬉しかねーよ」
「それもう喜んでるだろー?」

 失礼な。どんな痛みにでも快感を
 覚えるワケじゃない。

「千颯の癖(へき)のことはひとまず
 置いといて。一週間後にまた状態
 確認するから、診せに来いよ?」

 俺の手の固定処置を済ませた
 先生が苦笑しながら言う。

「来週、了解。あざっした、先生」
「固定した方は、出来るだけ
 動かさないうにな。天明たちも
 千颯をフォローしてやってくれ」
「はい」
「……。」
「……。」
「おい、天明しか返事してねーぞ」
「いや千颯相手だし」
「いい放置プレイだったろー?」
「まーな」
「良かったのか……?」

 困惑しながらも、天明は当然のように
 俺のスクバを手に持つ。
 こういう奴だから、あの警戒心の強い
 星河(ほしかわ)兄も、宵様の側に天明が
 いることを許しているのかもしれない。

「やっぱうらやましいんだよなぁ」
「えっ、どうした? 急に」
「天明、気にしないでいいよ」
「それな。さ、帰ろーぜー」

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 日向 紫郎(ひなた しろう)
 学校近くの整形外科医院の若先生。
 サッカー部OB。

5/28/2023, 8:30:28 AM