未知亜

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ㅤパンパンに膨らんだ買い物袋を両手に提げて、私たちは店を出た。
「楽しかった~!ㅤ人のお金で買い物~!」
ㅤほのかに残る酔いも手伝って、思わず本音を漏らすと、
「私も!ㅤコンビニで一万円使うのって、結構難しいもんだね」
ㅤ同じく買い出し係になった貴美恵が笑う。
「最後は『行列店の黒酢酢豚』ばっかり籠に入れてなかった?ㅤ五百円くらいするやつ」
ㅤ私はニヤニヤと彼女の顔を覗き込んだ。
「いや、あれめちゃくちゃ美味しいからね!ㅤ今期の売上、過去最高だったんでしょ?ㅤ盛大にお祝いしないと!」
「部長のお金だけどね」
「まあね~」
ㅤ並んで笑う二人の酔っ払いの間を、まだ少し冷たさの残る風が吹き抜けていく。
「しかしこの場所はほんと穴場だね」
ㅤ桜並木の遊歩道に戻り、貴美恵が夜桜を見上げて呟いた。花見会場として会社連中が陣取った場所はこの先にある。住宅街の外れの、数本の桜が固まって咲いている、誰が決めたかも忘れられた毎年の定位置。
ㅤ自分たちが入社した頃はほぼ全員強制参加のようなものだった花見の会は、ここ数年、いつものメンバーに固定されている。令和の今の時代に、会社の人たちと外で酒を飲むなんて流行らないんだろう。
ㅤ貴美恵がなぜこの会に参加し続けているのかは知らない。部署を異動したあともなんとなく声がかかるので来ているのだと聞いた。私が参加しているのは、貴美恵が来るからに他ならない。連絡係も買って出ている。
ㅤ空を見上げた白い横顔が、薄闇の中で不思議に明るく見える。さあっと風が吹き、さらわれたピンクの花びらがゆるく渦を巻いてアスファルトに零れていった。春が来るたび、毎回新鮮に綺麗だと思うのはなぜだろう。この季節に輝き咲き乱れるのは、花に限ったことではないのかもなんて、馬鹿なことを思ってしまう。
「あー、やっと帰ってきたー」
「何買って来たのー?」
ㅤ賑やかな『いつメン』の声がする。買い物袋を翳した私たちは、桜の舞う宴の輪の中にあっという間に取り込まれていった。



『春爛漫』

3/28/2025, 4:57:10 AM