夏(恋に溺れたのは)
夏と言えば? 海! 海に行こう!!
―――と友人三人とで、意気投合してやって来ました海水浴。
海岸線で交わる青い海と青い空。
真っ白い入道雲がアクセント強めに主張する。
the☆夏、これぞこの世の天国!その名も夏休み!
「………なーんてテンションで振り切れたら楽しいんだろうけどな」
砂浜でビーチボールを楽しむ三人の姿を、彼はひとりジト目で眺め入る。
天気も良く波も良好、しかも片想い絶賛中の相手までいるというお誂え向きのシチュエーションだというのに、何故か彼の気分は晴れない。
と言うのも実は彼、―――泳げなかったりする。
「ね、一緒にやろうよ。海は無理でも、砂浜は大丈夫だよ?」
………ああ、誘ってくれる笑顔と水着が眩しい。
せっかく彼女とお近づきになれるまたとないチャンスなのに、―――なのに。
「………。ごめん、ほんと俺はここからで」
やんわり断ると、表情の曇った彼女を見て心がずきりと痛くなった。
「どうしても?」
いや、うーん………。
―――確かにこれじゃ何のために来たのかわからない。
行き先が海に決定した時、辞退しようかどうか本気で悩んだ末に決意したのは、ここで克服できたら彼女とさらに親密になれるかも?と淡い期待を寄せていたからじゃなかったか。
「………じゃあ、少し挑戦してみるかな」
「ほんと?」
彼女の表情がぱっと明るくなり、自分も嬉しくなる。
「どうせなら、砂浜越えて海の方がいいかも」
―――彼女の笑顔につられて調子に乗った自分の口を、この時程心底呪いたいと感じた瞬間はなかった。
「大丈夫? 怖くない?」
………海に足をつけるのは何年振りだろう。
彼女が海を背に、俺の両手を引いてゆっくりと後退する。
まるで幼児と親だが、今の俺はそれどころじゃない。
どういう経緯であれ、彼女と。手を繋いでいる………!
「思ったより平気かも」
正直久々の海に足が竦んだが、表にはおくびにも出さず余裕を装った。
「そう?よかった! 楽しいよね海!」
ああ、俺の目の前に女神がいる。
あの時思い切って決断した自分を褒めてやりたい。
そうして胸辺りまで浸かったところで、最初だからここまでで、そろそろ戻ろうかという流れになった。
とっくに限界突破していた俺は頷いて、逸る心を抑えながら浜辺に向かい後退した、
その瞬間。
―――彼女の姿が忽然と消えた。
「え、」
俺はハッとして何かを思う間もなく、咄嗟にその場に頭から潜った。
―――彼女が半歩足を引いたであろう先から急に足場が無くなっている。
水中で混乱して抵抗するその腕を掴み、俺は必死に彼女を自分の方へ引き寄せるとその体を抱いて支え立ち上がった。
「………」
「………」
二人して息を切らして、無言でお互いを見つめる。
溺れた状況か余りにも近いその距離か、互いに驚きの視線を交わした後―――彼女の唇が動いたと思った瞬間、俺は波間にぶっ倒れた。
………そこからは全く記憶にない。
気づいたら友人達が心配そうに砂浜で上から俺を覗き込んでいた。
―――そうして彼女との仲も進展せず曖昧なまま、俺の夏は終わりを告げた。
夏休みが終わり、キャンパス内をひとり歩く。
あの時の海を思い、散々な夏だったと振り返ると俺は盛大な溜息を吐いた。
「水泳教室にでも習いに行くか………?」
呟いたのと同時に、背後から名前を呼ばれ振り返る。―――すぐ目線の先によく見知った姿を見出して、俺は焦ってカバンを落としそうになった。
「………あの時はありがとう。あと、ごめんね。無理に誘ったから余計トラウマになったんじゃないかと、心配で」
「いや、全然! 俺の方こそ気を遣わせてしまって、ごめんな」
あんな失態を晒してしまって、呆れただろうな。
俺の恋もここで終わりか………、
「あの、それでもしよかったらなんだけど」
「うん?」
「まだ暑いし、今度よかったらプールに行かない? もちろん、浮き輪付きで」
「プール………」
水辺はちょっとまだ、遠慮したいかな………。
「それで、もし嫌でなければ―――二人で」
………。俯いた彼女の顔が赤くなっているのは、俺の思い違い………か?
―――俺の夏と恋はまだ、どうやら終わりを迎えてはいなかったらしい。
暑さに揺らめく夏の残り香に、どうかこのまま消えないでくれ、と。
俺は目の前の女神にそう祈った。
END.
6/29/2024, 6:02:40 AM