猫宮さと

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《不完全な僕》

先の皇帝の独裁で疲弊し、更に闇の眷属に蹂躙された帝国の復興。
僕は今、邪神やそれらを倒したという事実から復興の指導を任されている。
しかし他国より被害が大きいとは言え、遅々としている部分が目立つ。
特に砂漠の地域は顕著だ。前皇帝よりも以前から強いられていた激甚な労働を不満に思った者達が帝国に逆らい始めたからと、砂漠の民が集まる村を掃討する作戦が執り行われた。
その影響に加えて、水の少ない厳しい環境もあり村の人々の活気が無くなってしまったのだ。

邪神討伐直後は僕も進んで砂漠の村へ赴き、彼らの仕事に加わった。
僕の乳母…母の故郷でもあるこの砂漠の村は、過酷な環境にありながらも人々が地に足を付け地道に日々を暮らしている。
邪神を倒した事もだが、僕が当時の掃討作戦に異を唱え作戦を離脱した経緯を知ると、彼らは喜んで僕を迎え入れてくれた。
僕の力など、微々たるものだ。それでも徐々に村は明るさと活気を取り戻し、以前程ではないが賑わいを見せつつはある。

今は政務で予算や計画の面から彼らの助けになろうと尽力しているが、帝国全体を俯瞰で見ればそこだけを注視するわけにも行かず。
どうしても進まぬ復興に、大きな悲しみを感じる。

砂漠の民にも安心して暮らしてもらいたい。もちろん、帝国の他の地域の人々もそうだ。
しかし、帝都に住まう者の中にはいまだ砂漠の民への差別が根強く残っており、そこに割く予算は無いと彼らの存在をまるで無視するような意見すら議会で発せられる事もある。
僕はその都度そのような差別的な見方は止めて全体を平等に見るべきだと彼らを諌めているが、意見の大半は年配者から出ているのもあり、僕の意見は若造の言い分と跳ね除けられる事も多々ある。
そんな些末な事に拘らず帝国の利を産む部分に全力を注げ、と。
尤もな事でもあるが、それでは砂漠の復興は決して進まない。彼らを見捨てるような事は、断じて出来ない。
そのような差別的な意見を止められない自らの力の不足に、怒りも感じる。

そんな時、僕はぽつりと彼女に漏らしてしまった。

どうしてこのような力不足で不完全な自分が、国を導いているのか。
もっと立派な、この地位に見合う人間がいるのではないか。

しまった、と思った時にはもう遅い。覆水盆に返らず、とはまさにこの事。
このような重く暗い心情を他人に零すつもりは全く無かった僕は、ハッとして彼女の方を見た。

赤い夕日の中、彼女は銀にも見える白い髪を風に靡かせ、闇の者の証であろう赤紫の瞳を真っ直ぐに僕に向けた。
その顔は、今にも泣き出しそうな儚い微笑みを湛えていた。

そうして彼女は、僕に告げた。

人は、導く人の背後からその行動を見て着いて行く。
今まであなたは、その身を粉にして働いてきた。
時には弱者を犠牲にしようとする意見に真っ向から立ち向かって。
時には人々の輪に入り、自らの手で労働をして確実に仕事を仕上げて。
そんな風に直接人の生活に触れて、人々を知る努力を弛まず続ける。
貴方のそんな背中だからこそ、人々は信じて着いて行ける。

あなたのいい所は、細部の綻びに気付ける丁寧な視点と優しさ。
細部に拘って進まないように見えても、それは大事なものを見落とさないよう慎重に事を進めているから。
その細部に救われる人は、必ずいる。その人達もやがて大きな流れに乗れて、たくさんの人の助けになれる。

自分が不完全だと自らに怒りを抱くあなただから、過ちがあっても正されると人々は安心出来る。
だから自分を信じて、そのまま進んで。

今の帝国が求めるのは、民を引っ張る力を持つ者じゃない。
その背中を見て、共に歩める者だから。

彼女の言葉は、乾いていた僕の心へじわりと染み渡っていった。
僕は、帝国のためになれていたのだと。
今は不完全でも、その努力を見ていてくれたのだと。

そう気付けば思い起こされる、砂漠の村でのやり取り。
最初こそ警戒する者もいたが、彼らは僕を受け入れ笑いかけてくれたじゃないか。
あなたならやってくれる、頑張ってとたくさんの励ましをもらったじゃないか。

乾いた土が水を得てそこから種が芽吹くように、僕の心にまた力が芽吹いてきた。
砂漠の民も帝国の一員。明日からもまた、彼らの為に尽力しよう。
僕に過ちがあれば、それを正して進んでいこう。
それが帝国全体の為になると信じて。

…これは何故かは分からない。だが、彼女は僕を信じてくれている。
西の地へ向かう夕日を背にし真っ直ぐ僕を見る彼女は、表情こそ儚げだが疑うものなど何も無いという堂々とした自信に溢れている。
僕は、闇の者の証であるはずの彼女の赤紫の瞳に確かな光が宿っているのを見たような気がした。

9/1/2024, 6:03:27 AM