網戸越しに目が合った黄色の双眼にゾッとした。
昔から人と関わるのが苦手だった。話も続かないし何を話せばいいのかも分からなくて、ひたすら従順に言われるがまま都合のいい人間にしかなれない。
もっとも酷い記憶、というか決定的な出来事が起こったのは小学生の頃だろうか。特に親しくもなければ話すこともほとんどなかった担任に連日呼び出され怒鳴られ脅されたことがあった。原因はいじめだった。私が首謀者で単独犯として責任を負わされ住所まで勝手にばらまかれて知らない車に追い回されたり待ち伏せされたり恐怖でしかなかった。それを被害者だと宣うクラスメイトとカースト上位の数人が嘲笑っているのをみて完全に人間不信となった。
つまりはトラウマ第一号だ。
「お前なんて消えてしまえばいいのに」
今、その言葉通りにしなかったことを後悔している。
私の対人関係から、計画性や頭の出来、身体能力、容姿、言動や考え方、ちょっとした癖に至る全てをクラスメイトの前で晒された挙句否定された。劣等生のモデルとして私以上の適任はいないのだと言われて、プツン、と何かが切れる音がした。
涙なんてでないし、言葉どころか声も出ない。俯くこともなく、ただ視線を教室中に巡らせてその全てが敵だと認識したときようやく教師の顔をみた。汚い人間特有の汚い顔と言葉で全員の思考を絡め取っていく。こんなものがカリスマ性と呼ばれるなら、大昔の独裁者の名でも名乗ればいい。この教室において教師とは独裁者以外の何者でもないのだから間違ってはいないだろう。
ずっと近所を歩き回っていた猫をみて可愛いと思った。
首輪もつけず自由気ままに己の生を全うする姿が心底羨ましく哀れだと思った。黄色の双眼が私をみて、すぐに興味を失って去っていく。
別に方法なんてどうでもよかった。報復だの復讐だの、そんな大層なことは望んでいない。ただの一度も聞かれなかった発することも許されなかった私の意見を、今なら言えると確信した。
廊下側の一番前の席、最も出入り口に近い場所、最高学年にあてがわれた高層階の教室。条件は整っている。
スルリスルリと流れ出る言葉は非難がましく言い訳のような自己保身のための身勝手なものでしかない。意見とはそういうものだけれど、私が言うともっと酷いものに感じる。
椅子を引っ張って廊下に出る。誰も止めはしない。窓際に沿わせて椅子を配置し、細く開いた窓を全開にする。
上履きを揃えて椅子に立つ。最早誰もみていないことを示すようにドアが閉められる。外は風が強く吹いている。下を向けば枯れ葉だらけの地面があるだけ。
振り返って、小さく頭を下げて、窓枠に足をかける。
バンッと大きな音がしたけどもう遅い。遠ざかっていく現実に安堵を覚えて小さく息を吐いた。大きな衝撃のあと身体中に亀裂が入ったような苦しさで覆われて意識が朦朧とする。
思い出したのか、私の妄想なのか、単なる悪夢か。
どうでもいいけれど、私の人生とはどこまでもそれと同じような景色が続いている。
あの黄色の目をした猫はどこかで生きているだろうか。
…そういう感想しか出てこないの
【題:どこまでも】
10/12/2025, 10:50:18 AM