安心と不安
昔々
ここら一帯は悪い魔物の縄張りであった
その魔物は緑豊かな山々を荒らして茶色にしてしまうので、村人達は大変困っておった
ある日、その噂を耳にした偉大な巫女が村に来た
巫女は魔物を縄で縛り井戸に封印しこの村に平和をもたらしたとさ
「って言うのがこの村の伝説。もとい神様の封印された経緯なんだけど」
『へえ、そんな風になってるんだ』
「他人事かよ」
『いやぁ。荒らしたつもりなんてなかったからな』
「じゃ。この話って嘘なの?」
『分っかんないなぁ。もしかしたら村人達には、おれが恐ろしい化け物に見えてたのかもしれません?』
「こんなに優しいのに?村人達が神様のことを怖がり過ぎただけだって。きっと」
『人間はぼくのこと、かみさまって呼ぶんだね』
「みんなは魔物って呼ぶけどね。ボクにとっては神様だよ!ボクからしてみれば、村の奴らの方が魔物みたいだ。今日だって!」
『何かあったのかい?』
「嘘つき呼ばわりされて揶揄われたんだ!それに石も投げられた。大人達もヒソヒソ話してばっかりで助けてくれないし!」
『嘘つきってどーして?』
「お化けが見えるって嘘ついてるって言うんだ。本当のことなのに!きっとああいう奴らみたいなのを“井の中のカワズ”って言うんだ!何にも知らないでさ!」
『?』
「井戸の中にいるカエルが海を知らないで、世界が井戸の中だけだって思い込む、って言う例えだよ。確か。ま、本当に井戸にいるのは神様だけど」
『人間は海を知ってんの?』
「行ったことないけど、話には聞いたことあるよ」
『そうですか』
「でも、まあ、神様とこうしてお喋りできるから、見えててよかったなって思うよ」
『わたしも、人間とのお喋り楽しいわ』
「本当?!なら良かった!」
『ところで、いつもならとっくに帰ってる時間ですけれども、帰んなくて良いの?』
「帰りたくないもん」
『なぁんで?』
「お母さんと喧嘩した。つまんない嘘つくなって。そのせいで近所の人から白い目で見られるって」
『あらら』
「あ、あと!いつもボクを虐めてくる奴がね、ここに肝試しをしに来るんだって!今日!だから、草むらに隠れて脅かしてやるんだ!」
『ここにですか』
「そう!枯れ井戸に行くって騒いでた。村に枯れ井戸なんてここしかないから。きっともう直ぐ来るはず!」
『隠れるなら井戸の中がいいんじゃないか?』
「え、入っていいの?」
『え、悪いのぉ?』
「だって、この辺、入っちゃダメなとこだし」
『枯れてるから溺れねぇよ』
「いや、そうじゃ」
『わしは昔話みたいに悪いことなんてしませんよぉ?人間のこと大好きだから』
「うん、うん!そうだね!井戸の中から飛び出して脅かしてやろう!腰抜かした姿を見て笑ってやる!」
『きしし。その意気じゃ』
「あ!来た!ふふふ、屁っ放り腰で提灯突き出してるよ。ビビりめ、普段大口叩いてるくせに、情けないなぁ」
『楽しそうだな』
「うん!笑い過ぎて咳が出ない様にしないとね!」
『ふふふ、がんば』
「あ!あいつん家のにいちゃんも居る!なんか抱えてる?暗くて分かんないや」
「そろそろ静かにしないと、気づかれちゃう。しー、ね、神様」
『はい。しー、ね』
わっと飛び出たその瞬間
頭にバシャリと何かが掛かり
次いで悲鳴と赤いもの
余韻に浸る暇も無く
黄色い灯りが身を包む
ぎやぁぁぁぁ!
『人間、楽しそう!ずっと笑っておるなぁ!』
『そんなに笑うと咳が出ちゃうわ』
『あれ?動かなくなりました?』
『おうい、人間よ。どうしちまったんだ?』
『なるほど、寝たんだね』
『いいよいいよぉ。寝かせてやろうぞ』
『ワタクシは人間を愛してるから』
己が身じろぎするたびに
ゆらりたなびく荒い縄
可愛い可愛い人間が
自分にくれた贈り物
千切れていても大事にするよ
気づかないふりを してあげる
《キャスト》
・少年
死体は見つからなかった
・神様
人間大好き。でも、笑い声と悲鳴の区別ができない程度に人間を知らない。良くも悪くもないが傍迷惑ではある。
1/25/2024, 12:49:34 PM