光のモヤは断固として俺が生きていた場所へと送り返す気だ。だが俺は、断固として首を縦に振らなかった。
もうどれくらい経ったのかわからない。…此処は、時間の概念がない場所らしい。俺の体感じゃ既に数時間は経っているといっても過言ではない。
俺は生前、所謂この世という場所で、生まれた時から孤児であり、親はなく身内すら知らない存在だった。物心ついた時から、犯罪を重ねてきた。
窃盗、人身売買、薬物、殺人…。この世の罪を重ね、重ねてきたのだ。俺を諭す者は誰一人としていなかった。
それがどうだ。今此処でようやく俺に説教をしてきやがったのは、人間ではない、だと?
光のモヤは言う。
「うーん、君は物事を確実なものにしないと理解しないってことだね。わかった。…でもちょっと考えてみてほしい。もしも体の中の機能が自分勝手に動き出したらどうする?」
「なんだ、そりゃ」俺は頭を捻る。
光のモヤは言う。
「君自身の体のことさ。君の身体の中の臓器が、個を主張して自分勝手に好き放題し出したら、君は、君として機能するのかい?」
「いや…言ってることがよくわからんが。」
「君たちの身体の中には、臓器があるよね。臓器に限らず、頭、首、胴、手、足。細かく言えばもっとある。でもそれらの機能たちが君の意思とは別に勝手に動き出したら、どうする?
お互いに協力し合わず、それぞれが勝手な行動をし始めるんだ。」
うんうん、とその光るモヤは自分で納得しながら話している。
俺は、そんな事は無いと答えた。
そんなものは、絶対にありはしない。
俺の為に動かねぇなんざ、不要だと。
光のモヤは言う。
「でも、困らないかぃ?
機能が"機能"しなくなるんだよ?
君という個体は、君の身体の中の機能があってこそなんだと、思わないかい?それに、この臓器や四肢たちは、君の意志で働いてきたと思うのかい?」
なにが言いてぇんだ。
「…あぁ、そうだろうよ。俺の為に動いているからな。」…当然の事だろうが。
「いやいや、違うよ。君の中の機能たちは、自分のために生きているのさ。正確に言うと、君の中には無数の微生物が生きている。君たちには、見えないだろうがね。
その微生物が何のために?と考えたことはあるかな?答えは簡単さ。自分のために、だ。
じゃあもし、その微生物に脳があったらどうかな?君たちのように色々と考えて、他の個体のために働くなんてバカバカしいって思う個体も出てくるんじゃないか?
数が多ければ多いほど、色々な考えを持つ個体が現れる。君たち人間と同じさ。
平和的に生きる者、他人に攻撃して生きる者(君のように、ね)、自分のために生きる者、誰かのためになるならばと生きる者。…まぁ、後者は偽善だよね。だって君たちは慈悲深い。僕たちにはそういう気持ちはないからね。…まぁこれは余談だけど。」
光のモヤは続ける。
「君たちはその動物的本能から子孫を残す行為をするだろうけど、微生物も同じさ。彼らのために、君は生かされているんだよ」
俺は手足を見る。
俺のコイツらが俺の意志に反する…?
人の心を読んだかのように、光のモヤは
「うーん、でもまだ君は確証を得てないような顔をしているな。じゃあ、実際にやってみるとしようか!」と言った。
その瞬間、俺の身体に異変が起こり始める。
…うっ、ぐ…な、なんだこれは…
俺の腕が…左手が…
腕はしだいに細くなり干からびていく。手は徐々に力が抜け始め、弱々しくなっていく。それだけじゃない。俺の意志とは正反対に動く。指一本ずつが意思があるように俺の意志では無い個体が、動いている。
これは…麻痺や痙攣ではない。俺の身体中が震えている。まるで無数の何かが、俺の中で暴れているのだ。
や、やめてくれっ!
思わず叫んでしまった。
何も出来ない自分がひどく情けなかった。
…こんな感覚は今まで感じた事がない。
「分かってくれたかなぁ?
君の意志で動く、なんて思っていただろ?みんな目に見えないものは信じないんだ、特に君たちは。まぁそれは無知というのだがね。
それはいいとして、どうだった?
他人の為に動いたことがない君は、身体が動かなくなってどう感じた?君が殺した人たちと対して変わらなかっただろ?」
光のモヤは言った。
意志に反して固体となった俺の中の機能は、突如反乱が起こったかのようだった。そして俺は、体の中の機能が初めて働かなくなって抱いた。この不甲斐なさは、俺がこの手で血に染めてきた人間の、感情なのか…?
「君が、君の意志だけで動いた結果、殺されていく人たちの意志は無になるんだ。殺された者は、どう思おうが、死者は口を開かない。それは体の機能がやがて死に向かい、その人の意志ではもう動かなくなってしまうんだよ。
君が今、体験したことと同じになってしまうのさ。
でも…そんな君に大チャンスさ!
…君は、選ばれたんだ!
こんな機会、滅多にないことなんだよ。どうだぃ?今度は、誰かのために生きてみないかぃ?」
俺はずっと社会を恨んで生きてきた。
この恨みは、誰かが作った誰かの社会に矛先を向けて、他者が生きる社会に対し、俺は絶望を勝手に抱いていたのかもしれない。
思い上がって生きてきたのだ。
俺は真っ直ぐ光のモヤに視線を向ける。
「…ふむ。考えは纏まったようだね。良い顔だ。
では、これから君に"生"を与える。…大丈夫。今度はきっと上手くやれるさ。なんたって、僕の加護を受けたのだから」
俺は、頷く。
…あぁ、今度は真っ当に生きてやるさ。
--では、送り出そう!さよなら、だ!
光のモヤと同じに辺り一面が輝き出す。
そして、俺の意識は小さく細く、そこで途切れた。
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光のモヤは、天を見上げる。
最後の意志を残してくれたことに、感謝しながら。
…そう、これが誰かのためになるならば、僕は……。
いや、俺は、俺自身のために"俺"を送り返そう。
……かつての俺の罪を償うために。
7/27/2022, 3:11:21 AM