もんぷ

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傘の中の秘密

 人を寄せ付けないようなどことなく壁のある雰囲気のはやと先輩。必要以上に人と関わろうとしないのに先輩の周りはいつも騒がしい。だからこそ先輩のクールさが引き立つのだが。飲み会にだってあんまり参加しないのにみんなの輪に入るのが上手くて、ベースも上手い。音楽が好きでよくヘッドホンをつけているはやと先輩。ヘッドホンをつけるのに邪魔だし、バイト先でお客さんにすごい目で見られるからピアスはいつもつけないと言っていた。「どこでバイトしてるんですか」と聞いたら「バカにされるから教えない」と先輩は笑った。普段はベースを弾く真剣な表情、音楽を聴きながらぼーっと歩いている表情筋ゼロの先輩しか見ていなかったもんだから、不意に見た優しい微笑みがなぜか脳裏に焼き付いて離れなかった。ピアスは穴が塞がらない程度に家で着けているというのを聞いてああ先輩らしいななんて思っている時にはもう先輩は帰る支度をしていた。私も急いで楽器を片して部室を出た。窓の外に目をやるとその日は避けようが無いくらいの雨。雨の日は憂鬱だけど、今日は先輩と話せたからなんて良い気分で帰れそうだと校舎を出た時、渡り廊下の先の屋根の下で外に手を差し出している先輩を見た。ヘッドホンは耳につけずに首にかけたまま、何かを考えるように雨で手を濡らしていた。そこで今日という日に一番必要な持ち物を先輩が持っていないのに気づいた。あぁ、どうしよう。声をかけるのなんていつも通りのはずなのに、すごく緊張する。
「先輩傘無いんですか?…よかったら、入っていきます?」
「ん?んー……」
先輩は少し考え込むように私と雨を見た後に声を上げた。
「とりあえずいいわ。走って帰るし。」
そう言ってヘッドホンをリュックにしまうと私の返事も待たずに走っていってしまった。いつも音楽を聴きながらゆっくり歩いている先輩が走っているのを初めて見た。そんなに私と傘を共有するのが嫌だったのだろうか。これでも結構勇気を出したのに。相合傘なんて目立つようなこと本当は嫌いなのに、でもはやと先輩なら良いかと思ったのは事実で、だから声をかけた。1人雨の中、家に帰る道で、覚えたてのアイラインが少し滲んだのは傘の中の秘密。

6/2/2025, 11:07:49 PM