いろ

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【暗がりの中で】

 電気を落とした真っ暗な家の中で身を潜める。暗い家は昔から大嫌いだった。両親の怒鳴り合う声の響く中、押し入れの片隅で膝を抱えていた日々を思い出すから。だけど。
 手の中のクラッカーと電灯のスイッチとを、そっと握りしめる。どうしてだろう、君のことを思うとこの闇も怖くないんだ。君がどんな顔で驚くのか、嬉しそうに笑ってくれるのか、そういうことを想像するとひたすらに胸が弾んで、暗がりの中で過ごす時間も悪くないもののように思える。
 玄関の鍵の開く音。廊下を歩く規則正しい足音。
「ただいま。あれ、いないの?」
 不思議そうな君の声が耳朶を打つ。勢い良く立ち上がり、クラッカーを盛大に鳴らした。
「お誕生日おめでとう!」
 スイッチで電気をつければ、あまりの眩しさに目がくらむ。電灯の真っ白な光に照らされた君の瞳が、驚愕に大きく見開かれていた。まるであの日、家を追い出されて路地裏で膝を抱えていた僕を見つけてくれた時と同じように。
『え、子供……? こんなところで何してるの⁈』
 太陽の光を背負った君が、まるで神様のように見えたことを覚えている。あの日から僕の人生は君のもので、君が笑ってくれる姿が僕の生きる意味になったんだ。
「お祝いしてくれてありがとう、むっちゃ嬉しいよ!」
 満面の笑みで僕を抱きしめてくれる君の温もりが、空っぽな僕の心を満たしてくれた。

10/28/2023, 10:46:44 PM