香草

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「星」

幼い頃の記憶だろうか。
父親に手を引かれて真夜中に家を抜け出した。
寝ないといけない時間をとうに過ぎているのに靴を履いて外に出た時の背徳感。
当時の家は田舎で家々がまばらな場所にあった。
すぐ隣にある闇が怖くてギュッと父親の手を握っていた気がする。
父親に名前を呼ばれ顔を上げた時、頭上には昼かと見間違うほどの明るい星々が煌めいていた。


あれから20年。
目覚まし時計が鳴る5分前に目を覚まし、簡単な朝食を済まして満員電車に乗り込む。
ボディブローをスローモーションで受け止めているかのような地獄を抜けると、上司と顧客からのプレッシャーを全身で受け止める。
やっとの思いで仕事を終えると、擦り切れた脳みそで帰宅する。
それだけを繰り返す毎日。
いつからか心を無理に動かされるような体験や経験を避け、他人の不運を嬉々として書き綴ったゴシップや1秒後には忘れているような動画で安心と癒しを求めるようになった。
こんな生活をあと何十年も…
まだ人生が地獄の淵にとどまっているなら、落っこちてしまう前に死んでしまった方がいいのではないかと考えてしまう。
叫んで泣いて全てを破壊したくなる。賃貸アパートだからできないけど。

「今日は20年に一度の流星群が見られます。大切な人と一緒に夜空を眺めるのも素敵ですね。」
テレビのキャスターが嬉しそうに言っていた。
なんとなく見逃すのが惜しい気がして安直にも外に出た。できるだけ人気のない公園に行った。
幸い自分以外誰もおらず、子供のいない公園はどこか不気味だった。スマホのライトを頼りに電灯の少ない暗がりを進み空を見上げた。
弱々しい星が一つ二つ。
念のため記録としてスマホを構える。すると、ひゅんっと3本線が光った。
え、とスマホを構えなおすともう一度流れた。
お!来たか!と期待したがよく見るとスマホの動きに合わせてチラチラと流れる。
ただの電線にスマホのライトが反射しているだけのようだった。

結局流星群は見れず、徒労に終わった。
電線にライトを照らして流星群と見間違えるなんて、もはやネタでしかない。
自分が情けなくて仕方ないのと同時にポンコツ過ぎて愛おしく感じる。
疲れてんだよな自分。

幼い頃見た夜空は壮大で輝いて見えたが、大人になって見た夜空は闇だった。
だけどスマホのライト一つで光は灯せた。
まだ、大丈夫。
大丈夫。

3/11/2025, 6:58:14 PM