薄墨

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「今日日、この匂いをキンモクセイだと答えられる人間は少ない」
秋に棲む黄金色の鬼は、そう言って、秋晴れの空を見つめていた。

なんとなく寂しそうに見えるそんな横顔を見ながら、私は黙って焼き芋を頬張った。
初めて認識したキンモクセイという花は、大人たちが大仰に褒め称える花にしては、小さくて、地味で、華やかさに欠けていた。

空は真っ青な秋晴れで、見える範囲では快晴だった。
目だけでこちらを伺っていた鬼は、呆れたようなため息をひとつ吐いて、キンモクセイを見上げた。
「まあ人間は、思い込んだら、何事にも尾鰭をつけて大袈裟に言うものだしな」

秋に棲む鬼は、そんなことを言って、ふっと微笑んだ。
私は、黙って焼き芋の皮を爪で摘んで剥いた。
ホクホクの焼き芋の黄色い中身は、ほんのり甘くて美味しかった。

「…花より団子の人間ってかなり多いよな」
私が黙って差し出した焼き芋の半分を、鬼は慎重に受け取ってそんなことを言った。
私は話したくなかったから、俯いて、頷いた。

鬼は苦笑して、焼き芋を齧った。

キンモクセイは大人が言う割にはずっと小さくて、地味で、華やかさに欠けていて、匂いすらも素朴だった。
私みたい、何もできない私みたい、そう思った。
けれど、そう思ったことを、秋にも大人にも誰にもバレたくなくて、私は黙ったまま焼き芋を齧った。

鬼が微かに顔を歪めて、それから、ずっと穏やかそうな表情でキンモクセイを見上げた。
真っ青な秋晴れの中に、キンモクセイの匂いがした。

11/4/2025, 1:26:24 PM