うちのクラスには、美しいひとがいる。それはもう絵に描いたような美少年だ。名前は瀬川くんという。
もちろん、そのへんにいくらでも落ちている石ころみたいな私が、高嶺の花である瀬川くんに話しかけるだなんて、そんな大それた真似はできない。
けれどもこうして彼の姿をじっくり眺めることができるのは、後ろの席の特権だ。自分の苗字が「瀬木」であることに感謝しなければならない。どうかこのまま1年間席替えすることなく、出席番号に則った席順であり続けますように。そんなことを、私は切に願うのだった。
そんなわけで、私は今日も今日とて、特等席にて瀬川くんの鑑賞に勤しんでいる。
後ろ姿を見ているだけでも目の保養になるなんて、何事だろう。それほどまでに、瀬川くんを形づくる線は繊細で美しい。さらさらの黒髪と色白いうなじのコントラストに、つい見とれてしまう。
授業の内容はそっちのけで、脳内でそんな実況を繰り広げていたとき。私はふと、"それ"の存在に気づいてしまった。
首の付け根のあたり。シャツの襟で見えるか見えないかの微妙なところに、ちいさなほくろがあるのを見つけたのだ。
それが目に入った瞬間、私は妙にどきりとした。心臓が早鐘を打ち始めて、なんだか胸のなかがふわふわする。どうしてか私はいま、見てはいけないものを見てしまったような感覚に陥っていた。
ぽつんと小さく在るそれは、彼が生きた人間であることの証のようで。もちろん瀬川くんは紛れもなく人間なのだけど、なんだかときどき不安になってしまうのだ。それは、ふれたら消えてしまう淡雪の儚さとよく似ている。
きっと、後ろの席の私しか気づいていない。ひょっとしたら、瀬川くん本人も気づいていないかもしれない。首の付け根に、ちいさなほくろがあること。
私しか知らない、瀬川くんのこと。ひどくちっぽけで、取るに足りないことでも、なんだか嬉しかった。それからどこか甘やかで、少し切なかった。
この気持ちはなんだろうと考える前に、たしかに感じたその淡いときめきを、私はそうっと大切に、心の奥にしまったのだった。
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3/12/2026, 2:19:45 PM