仮色

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【部屋の片隅で】

そこはいつでも僕の定位置で、逃げ場で、遊び場だった。
周りはゴミで埋め尽くされていたけど、それは俺の体をすっぽりと隠してくれた。

小さく体を縮こませて座って、顔を膝に埋める。
頭の中でいくらでも遊べたし、美味しいご飯も腹がはち切れそうな位食べられたんだ。

「お前の顔なんか見たくない!!」

母さんの望みの通り顔は見えないし、

「あんたなんか産まなきゃ良かった」

苦しそうな母さんの感情は出てこない。

だから、僕はいつも部屋の片隅で静かにしていたし、ずっとそこに居た。
ここにいれば誰も傷つかないから。
僕のことを見ずに済むから。
少しだけでも幸せな夢が見れるから。
だから今日も、膝を抱えて部屋の隅に縮こまる。


「〜〜〜、〜?」

いつものように部屋の隅に座っていた時だった。
誰かが喋る声が聞こえる。
知らない男の人の声。また母さんが誰かを招き入れたのだろうか。

「〜〜はどこ〜、〜に〜る〜〜な?」

少しずつ声が近づいてくる。
母さんが招き入れた人がこんなに近くに来るのは初めてだ。
見つかったらどうしよう。せっかくここで静かにしてたのに。

「まさ君?まさ君はいるかな?」

どきっと胸が音を立てた。僕の名前だ。
…なんで僕を探してるんだろう。
床中に広がったゴミを踏む音がどんどん近付いてくる。
やめて、こないで。お願い。

「まさ君?」

僕の周りに高く積み上がったゴミを掻き分けて、声をかけられた。
答えちゃだめだ。
母さんが呼んだ人なら僕のことを知らないはずだ。母さんは俺のことを居ないものとして考えるから。
そこから導き出される答えは、この男の人は勝手に入ってきた人。
固く目を瞑って、体をさらに縮こませる。

「なんて酷い…まさ君、急に来てごめんね。君を迎えに来たよ」

君のお母さんも了承してくれたんだよ、と優しい声で言われる。
母さんが了承した…?気になる言葉が耳に入ってきて、思わず顔を上げる。
男の人は手をこちらに差し出して、僕が掴むのを待っている様子だった。

「僕、ここから動いていいの…?」
「ああ、勿論だよ。君には立派な足が付いているんだから」

この男に人が言うには母さんも了承してるみたいだし、と久しぶりに体を持ち上げる。
しばらく立ってすらいなかった体はふらついて、豆腐の上に立ってる気分になった。

「さあ、寒かっただろう、暖かいところに行こう」

もう一度目の前には差し出された手に、僕はそっと手を重ねた。


その日は、僕がちっぽけな部屋の片隅から救い出された日。

12/8/2023, 9:58:28 AM