付き添いで買い物に付き合った一週間前。レジで精算されたカゴを先に受け取って袋に詰めていると、フロア全体に響くほどのつんざく声に身を固くした。思わず肩がびくりと跳ねて声の方を見ると、幼い女の子が入り口の前で泣き叫んでいるのが目に入る。しきりに丸いおもちゃか何かが入っている機体を指差して、言葉にならない叫び声をあげていた。いつものことなのだろう、その子の両親らしき二人は取り合いもせず、外へと我が子を引っ張って消えていく。休日のそこかしこで見る日常だ。
ぼうっと見ていると肩を叩かれる。いつの間にか会計を終わらせていた友人と袋詰めを再開した。カゴを入り口近くの置き場に重ねながら、ちらりと先程の女の子が欲しがっていたであろうものを見ると、キラキラなラメ入りの、色とりどりのスーパーボールが視界の端に映る。あぁ、あの子はあれが欲しかったのか。
自分も同じ年齢の頃、スーパーボールが好きだった。跳ねるし、持っていたものがとても不思議な色をしていてお気に入りでいつも持ち歩いていた。あれは紫というのか、はたまた別のきちんとした名称があるのかはいまだに分からないが、簡単にいうなら「宇宙色」だろう。キラキラとしたラメを内包し、絵本やテレビで見るような星々を彷彿とさせるそれを鞄に入れながら、「自分だけ星を持っているんだ」と信じて疑わなかった。子供特有の、夢のある思考。
事実、この都会では星なんて滅多に見れるものではない。一度だけ親戚の家で見たくらいだ。もしあの時に携帯を持っていたなら、所構わずシャッターを押し続けていただろう。……とてもこの目で見るものと同じとは思えないが、とにかく押すに違いない。黒い海にポツンと月が浮かぶ光景しか知らない、しかもまだ子供となると、自分の周り全てを星が覆い尽くして守られているような感覚だった。そんな壮大な、両腕では到底抱えきれないものを手のひら大の小ささに収めたんだ。しかもクラスで自分だけ。得意気になるのも分からなくはない。
そんな幻想的な考えをしている子供でも、時が経てば思考も変わる。今の今まで、あの美しいスーパーボールを大切にしていたことも、美しい夜空を見たことがあることもすっかり忘れていた。つまらない人間になったものだ。沢山の出来ること、手に入るものが増えたのに、あんなに鮮やかだった自分自身の世界の色は捨ててしまった。
エレベーターのボタンを押そうとしていた友人を引き止め、通り過ぎていた機体の前へと向かう。ツマミと連動している棒の付近には、あの日閉じ込めた星と同じような宇宙が引っかかっていた。もしかしたら。
財布の数百円を回して、どきどきしながらガチャンと回せば……望み通り、あの日と変わらない宇宙が、私の手のひらにあった。いや、前よりも星の輝きが強くなったかもしれない。光を当てれば、より強く瞬いてくれることだろう。
大人しく待ってくれていた友人に頭を下げて帰路へと向かう。帰っても暗闇しか無いあの部屋が、初めて楽しみに思えた。この宇宙がきっと、照らしてくれるに違いない。
2025/1/18「手のひらの宇宙」
1/18/2025, 11:20:59 AM