無音

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【29,お題:私の日記帳】

私の日記帳は、あの日からずっと白紙のままだ

あの日、地震が起きた日
黒く唸った海は陸を飲み込み、大地を抉りとった。

保育園にいた私は、母が迎えに来てくれるのを待っていた
ほかの子たちのパパやママが、泣きながら我が子を抱きしめる光景を何回見送ったんだろう

「おかあさん、おそいな......」

ホールの隅っこで膝を抱えうずくまる私を、先生達は何度も励ましに来てくれた
きっとお母さんは道に迷ってるだけなんだよ、と
もう少ししたらお母さんが迎えに来てくれるよ、と

でもきっと、心のどこかでわかってたんだ。信じたくなくて見ないふりを続けていた。
私以外の子が全員居なくなった、ホールには私と先生が3人くらい


結局、最後までお母さんが迎えに来てくれることはなかった。きっとこの先も


あの巨大地震から10年たった。
意外にも町はすぐ活気を取り戻したようだ

私は、ペンを握ったままページの半分以上が白いままの日記帳を眺めていた。

今日こそはなにか書き込もうとペンをとってから1時間
いまだに何も書けず、ペンを持った右手が震えている

書くことがない訳じゃない、むしろたくさんあるほうだ
同じクラスの茜ちゃんが映画に誘ってくれたんだよ。
2組の芹澤くんは絵が凄く上手いんだよ。

書くことはいっぱいあるのに書けない
いまだに母の幻影に囚われたまま

母に買ってもらった茶色いシンプルな表紙の日記帳
「紗奈ったら大人だねぇ~」と笑った母の姿

お母さんとの思い出を、お母さんがいない日々で上書きするのが怖い
もうお母さんは居ない、この事実を受け止めるのが怖い

もしかしたら、ひょっこり帰ってきて
「ただいま紗奈~」って抱きしめてくれるかもしれない

「会いたいよ、お母さん...」

今日も白いままの私の日記帳
お母さんとの温かい思い出の詰まった宝箱
続きに書くことは、『お母さんとまた会えました』で始めたいから。

8/26/2023, 11:22:25 AM