第三十五話 その妃、守られて
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……どういうことだ。
目の前で、大量の人間が一斉に倒れるなんて。
そんなこと、普通の人間にできるわけがない。
……そう言えば、例の妃は目を掛けられていると聞く。あの帝に。
ならば、特殊な力の持ち主か。妃が何かをしたに違いない。
であれば、慎重に事を進めなければ。
(……そんなところかしらね)
暗殺者たちは、ロンがここにいることは知らないはず。だから、あくまで“妃が何かをした”と思わせることができれば、それだけで時間を稼ぐことができる。
それも踏まえた上で、彼らに気付かれる前に麒麟を回収し、離宮上空へ烏を飛ばしたのだろう。
素人ではない第二陣がすぐに乗り込んでこないのを確認してから、隣にいる男は「ジュファ様」とそっと耳打ちをする。
「今から姿を消す術を掛けます。可能な限り気配を消していれば、此方から動いたり、言葉を発さない限り見つかることはありません」
「……どんなことがあっても動くな、声を出すなということね」
「御名答です」
そして、掛けてもらっていた一つの羽織りを、今度は二人で一緒に頭から被る。そのまま身を寄せ合うのかと思ったら、横から強引に引き寄せられ、そのまま抱き締められた。
視界は暗く、よく聞こえない。
辛うじてわかるのは、ゆっくりと鳴る毛の生えた心臓の音くらいだ。
(……大好きな相手にこの心臓がどうなるのか。ちょっと見てみたい気もするわね)
あれだけ脅しておいて、何の状況も把握できないのだ。気付かない間に殺される可能性だってあるのだから、これくらいの悪戯心は持ってもバチは当たらないだろう。
暫くして、小さな声が掛かる。
ゆっくりと頭を持ち上げながら目蓋を開けると、目の前の彼は少しだけ疲れた様子で微笑んでいた。
「笛の音に気付いた鴉が追っ払ってくれましたよ」
「……全然気が付かなかったわ」
「闇に溶けるのが“鴉”ですから」
「あなたには申し訳ないんだけど、私絶対に誰も来ないと思ってたの。笛なんか全然聞こえなかったし」
「あれが聞こえるのは、本当に限られた鴉しかいませんからね」
「私、運は常に最悪だから」
「良かったですね。運だけはいい僕が付いてて」
立ち上がったロンは、そっと指笛を鳴らす。
すると、再び手の平の大きさになった烏たちは、折り紙の姿へと戻っていった。
「だから抱き締めたの?」
「あいつがいなくてよかったです。色々面倒なことになりそうだったので」
「私は少し意外で楽しかったわよ?」
「そういう余計なことを言うから、面倒くさいことになるんですよ。因みに妻の前でも心臓に毛は生えてますから」
「御丁寧にどうも」
折り紙を懐に収めている姿を眺めながら、そういえば渡されていたものがあったんだったと、袖に手を忍ばせる。
「これのご利益もあったのかしらね」
「さあ、それはどう――」
そこで言葉を途切らせたロンの視線は、折り紙を持つ手に落とされている。
それをよく見てから、静かに眉を顰めた。
「因みにそれ、あいつが折ったんですよ」
「……なら、不備をきちんと言っておかないとね」
守り雛のうち女雛の折り紙は、確実にその首を落とされていたのだから。
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3/5/2024, 9:45:49 AM