時計の針は、24時をまわっていた。
帰ってきてから、ひと眠りしてしまったらしい。
化粧もなにもかもそのままで、着替えもせずにちょっとソファで横になったが最後。起きられやしない。
平日は情けなくもこんな感じだ。
帰ってきて、身体にいいものを自炊して、ゆっくりお風呂に入ってリラックスして。
そんなふうに過ごしたいけれど、もう職場にいる時点で全ての力を使い果たしてしまっているのだ。
帰路はふらふら、家のドアを開ければ半死半生、コンビニで買ったごはんで腹を満たせば即気絶。それでいいのか、私。
良くはない。良くはないが。
とりあえず、化粧だけでも落とそう。
気合いをいれて立ち上がる。
と、足に何かがぶつかって、バランスを崩した。
「あっ…」
彩花から借りたキャリーケースだ。
しまった、明後日使うから返せと言ってなかったか。
あわててラインをみると、彩花から鬼ラインがきていた。やばい。
でももう真夜中だし…。
でも明日も遅くなりそうだしなあ。
私、彩花と違ってクルマないしなあ。
とりあえず、急ぎラインだけ打っとこ。
謝りのラインをすると、すぐに返信が来る。
『これから取りに行くわ』
え、これから?どうしよう、部屋も強盗が入ったみたいだし、化粧もとれかけだし。
でも、彩花だしまあいいか。
部屋着に着替えよ。
なんかお詫びになるようなもの、なかったかな…。
ややしばらくして、チャイムが鳴った。
「こんばんは」私が言う。
「あ、ども。ごめんね、こんな遅くに」
「や、悪いの完全に私だから。こんな真夜中にごめんね、来てもらって。」
「真夜中って」
彩花を家にあげて、お茶をいれる。
「ごめんね、彩花、明後日使うんだよね。キャリーケース」
「え?いや違うよ。明後日は出張なくなって、一週間後。ラインしたじゃん」
やばい、ちゃんと読んでなかった。
「今日じゃなくてもいいなら持っていったのに、私」
「や、今日のがいいでしょうよ」
彩花が手さげ袋から何か出す。
「誕生日おめでとう」
「あ」
リボンの結ばれたワインと、大きめのラッピングされた袋。それに惣菜のパック。
机に並べて置き、彩花がニッと笑う。
「忘れてたんでしょ。だと思ったよ。」
「ありがとう…昨日6日だったんだ」
「え、昨日じゃないよ。今日だよ。まだ十時だって。え、時計壊れてんじゃん。」
スマホを見れば、確かに午後10時を少し過ぎたところだった。時計が止まっていたのだ。いつから?
時間はいつもスマホを見るので、わからなかった。
「最近サエコ忙しそうだもんね。ごはんとか食べてないんじゃないかと思って、惣菜買ってきた。野菜多めの」
「そのラッピングしてある袋は…」
「これ?ツボ押しぬいぐるみ!椅子にかけて使ってよ。めっちゃかわいいアザラシがツボ押してくれるから」
「もう結婚してくれ」
私がそう言うと、彩花は「キモッ」と言いながら惣菜のパックをあけた。
「ほら祝おー。誕生日おめでとう」
私がワイン、彩花は烏龍茶で乾杯することにした。ひといきついたら、時計を直そう。
明日からは、アザラシにツボを押してもらおう。
少しずつ頑張ろう。
あたたかな気持ちが、ゆっくりと広がっていく。
ひさびさに満たされた気持ちで、私は二杯目のワインを注いだ。
2/7/2024, 8:47:21 AM