viola

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『ずっと隣で』

__あるおとぎばなし。
それは、其処にずっとある鏡から此岸を覧る。
広がるのは今日も今日とて人の世。枠の向こうにはちらちらと桃色が風に舞い上がり愉しげな物見遊山で賑わっている外下から此方を見るものは居ない。温かくて優しい世界。
向こうと此方の隔りに淋しさを覚え、ただ眺める日々。
ふとふっくらとした頬のまだ年端のいかぬ童子が、草鞋も履かず粗末な身なりのままに此方に向かい祈る。祷る。

「かみさまどうか、へいわなせかいに」

何の力も持たぬというのに手と手を合わせるソレが愚かしく、そして何よりそれと同時に苛まれる罪悪感が身を浸し、願ったところで叶えてあげられない自身を懺悔した。
ソレと彼らとじゃあ、住む世界も別のものなのだと、干渉できないのだと、信仰心を抱いた彼らが此方を見遣り祈る様をただただ見詰める。
何故自分は此処にいるのか。何故生まれたのか。
何故話すことすらできないのか。
葛藤に胸を焦がした日々を、ただ、ぼんやりと眺めていた。

ある時ソレの鏡に映ったのは、様々な感情が犇き渦巻き合い轟く轟音。平穏な世は一変し、修羅の町となる。
この社も近くの地蔵も、つい先日まであった筈の畏怖すらもう其処にはなく、ただただ私欲の為の道具とされる。
______随分と変わり果ててしまった。
赤子の劈くような泣き声、野太い野郎衆の姦しい怒声に啜り笑いの女衆。あの穏やかなのどけさも熱射の如く焼かれる業火に皆々、飲み込まれてしまった。
有象無象の諍いに何の意味があるのだろう。そう向こう側から疑問を浮かべるも、その問いに答えてくれる声は終ぞ現れず。くだらないね、ばからしいね。あの緩やかな陽射しの中皆が笑ったあの空間はたしかに存在した筈なのに。
耳を塞ぎたい程のこの顛末を、ソレはただ見ていることしか出来なかった。何だかそれが虚しくて。
嫌悪に等しい感情を抱いても尚、その日もただ、
如何しようも無く鏡を覗いていた。

いつしか季節は巡り、豊かな恵みも動物たちもその殆どが木立から姿を消し、戦禍だけが残ったその地に今年最初の白雪が積もった。辺りはしんと静まり返り、もう此処には何も無い。
奪われ尽くしたその土地からはひとりまたひとりと離れ、皆自身にこう言うのだ。

「我等は見捨てられてしまったのだ」と。

不幸なことがあれば“罰が当たった”、願いが叶わなければ“神に見捨てられた”、いつだってソレのせい。
ちがう、違うんだ。見捨てなどしない。
本当はずっと見ていたんだ。でも、でもね力を信じないで。奇跡を望まないで。
自分にはそんな力などないんだから。
誰かの願いを全部叶えられたなら、今度こそ自分の話を聞いてくれるのかな、なんてそんなこと。
何も無いのに敬われ、上手くいかなければ自分のせいだと責任転嫁をされる、そんな自分をどんどん嫌いになっていく。ゆるして、赦して。解放して欲しい。
もう、願わないで。
_________孤独だ。

それでも鏡を覗かなくてはならない。
居なくなりたい自身をゆるさない理は埋もれ沈んだ自分を他所に、粗目雪はいつしか花弁へと変わっていく。
いつのまにか老いさらばえたかつての子が、あの時と同じように柏手を付き瞼を閉じる。

「かみさまどうか、へいわなせかいに」

いつだって何処迄も自分勝手な彼等に、嫌気が差し苛立つ。それでもこの地に生まれおとなになり、軈てこの地に眠る彼等は何処迄も愛おしいもの。叶えられない願いを吐いて誰も自身を瞳に映しはしないけれど、それでも。
無力な自分は共に歩んでいこう、あなたのとなりで。


生まれた意味すらわからなかったソレは、日々毎鏡から見つめる世界を怨み傷付き、それでも愛していた。
そしてこれからも独り、生まれて消えてゆく人の世を隣でずっと見守り続けるのです、何年も何年も。
いつか共に笑い合えるその日まで。
幸せになるその日まで。

おしまい。

3/13/2023, 2:55:12 PM