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『鏡』



真実を写す鏡。そんな言葉を耳にしたことがある。
この街に暮らす多くの住人が、幼い頃から立ち入っては行けないと教わってきた森の奥深く。草木を掻き分けて進むと、ボロボロで灰にまみれた小さな小屋があり、扉を開けた先にその鏡があるのだとか。
僕は親のことをあまりよく覚えていないけれど、どうしてかその森に立ち入ろうとして、何時間も何時間も説教された記憶がある。噂によると、森に入った者は二度と帰ってこれないのだとか。
僕の家は母子家庭だった。僕たちは小さな一軒家で暮らしていた。しかし、ある日の夜中、僕たちの家に強盗が入ってきて、母が刺されて亡くなってしまった。僕は刺されはしなかったものの、殴られた跡や切り傷が多数見つかったことから、犯人に酷い暴行を受けたとされた。6年が経った今でも犯人は逃走中で、手がかりも少ないらしい。
当時の僕は9歳とまだ幼かったこともあり、暴行や親の死による精神的ショックで記憶を失ってしまったらしく、これらはあくまでも警察から聞いた話だ。
僕はあの日から毎日のように、悪夢を見続けている。黒く塗られて顔が見えないどこかの誰かに、何度も何度も殴られて罵倒される夢だ。精神科の先生曰く、記憶を失っているといえど、恐怖が体に染み付いてる可能性が高いのだとか。
僕は僕たちを襲った犯人が憎くて仕方がない。母のことは覚えていないから、母が亡くなってしまったことが悲しいかと問われると正直分からないけれど、僕は一時期、悪夢のせいで寝れない日々を過ごし、ご飯が喉を通らなくなり、家の外に出ることさえも出来なくなってしまった。体は痩せ細り、学校にも通えず、もう死んでしまいたいと何度も思った。何故僕がこんな目に合わなければいけないのだと何度も思った。
だから僕は決意した。真実を写す鏡を見つけることを。
決めてから行動に移すのは一瞬のことだった。僕は今、祖父母の支援を受けながら一人暮らしをしているということもあり、行ってはいけないと、行かないでくれと止めてくる人がいなかったから。
夜。僕は念の為、スマートフォンと財布、懐中電灯を持って、その森に足を踏み入れた。
そよそよと風の音が耳をくすぐってくるくらいで、森は酷く静かだった。一時間ほど歩いた頃、僕の目線の先には、灰被ったボロボロの小屋があった。僕は思わず駆け出して、その扉に手をかけた。
「見つけた」
扉を開けた先には、噂通り一つの鏡が置いてあった。僕は一人歓喜の声を上げて、その鏡の前に立った。
噂によれば方法は簡単で、鏡を人間だと思って、知りたいことを尋ねるだけなのだとか。僕は深呼吸をして、声を出した。
「鏡よ鏡。あの日、僕たちを襲った犯人は誰ですか?」
僕が問いかけた瞬間、鏡は白い光を放ち、僕は思わず目を瞑った。目を瞑っている間、やっと犯人を知ることが出来る喜びの気持ちが溢れるのと同時に、何故か犯人を知ることが怖いと感じていて、息が苦しかった。
もう一度、大きく深呼吸をして、そして目を開けた時、鏡に写っていたのは──僕の姿だった。

8/19/2024, 5:39:33 AM