ホシツキ@フィクション

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私のおばあちゃんは今年で80歳になった。
とてもめでたい事なのだが、最近認知症が激しくなってきていた。
家族の名前が分からなくなったり間違えたりすることは日常茶飯事。
自分が幼児になったかのような言動や行動も増えた。

小さい頃、厳しくも優しかったおばあちゃんはどこかに行ってしまった。

人間は年老いていくもの。こうなってしまうこともあるとは分かってはいても、いざ目の当たりにすると少し心に来るものがある。


「お義母さん、そろそろ老人ホームに入れたいんだけど…」
「でもおふくろは嫌がってるしなあ…」

おばあちゃんがこうなってから何度この話し合いをしたことか。
お母さんは老人ホームに入れたい、お父さんは入れたくない。


どちらもこの意見は変わらず、少しずつ夫婦喧嘩も増えていった。

当の本人は縁側に座り、「ちょうちょ〜」と言いながら庭を飛ぶ蝶々を指さしている。

「アナタは昼間のお義母さんを知らないでしょう?私がどんだけ苦労してるか――!」
「俺と結婚した時点で介護は考えていたろう?君も昔は頑張ると言っていたじゃないか!」
「あの時のお義母さんはしっかりしてたじゃない!今のお義母さんを見てよ!」

そう言うとお母さんはワーッと泣き出した。

『おばあちゃんが居ないところで喧嘩してよ…』

私は正直ウンザリしていた。
私の考えとしてはお母さんに近いのだが、実の母親をホームに入れたくない父の気持ちも分からなくもない。


どちらも不正解では無いからこそ悶々とする。


その時
「おとーさんだ!」
大きい声でおばあちゃんが叫んだ。
お父さんもお母さんも思わずおばあちゃんの方を見る。

ヨタヨタと靴も履かずに庭に飛び出す。
私とお父さんが慌てて止めに入る。

「おばあちゃん、おじいちゃんはいないよ!おうち入ろう!?」
ゆっくり、大きな声でおばあちゃんに話しかける。

「おとーさんが見てるよ!!」
私の話を聞かず、父の制止も振り切って庭で暴れる。

「おふくろ!!!ホラ!家に入れ!」
お父さんのイラついた大声と強い力におばあちゃんはビクッとして泣き出してしまった。
「うわああん、うわああん、おとーさん、たすけて!このひとが!わたしをいじめるのお!!!」

そう言ってからおばあちゃんはオシッコを漏らし、ガクンと力が抜けたようになった。
お父さんが慌てて抱きとめ、部屋へと連れていく。


お母さんは「ほらね。」と冷めた目つきで自分の夫を睨んだ。
少しバツが悪そうなお父さんは、おばあちゃんを抱っこしたままおばあちゃんの部屋へと連れていった。


『おばあちゃんはどうなってしまうのかな。』

私は認知症についてあまりよく知らなかった。ただのボケだと思っていた。
私もいつかこうなるのだろうか、と思うと漠然とした不安が湧き上がってくる。



――結局おばあちゃんは老人ホームに入ることになった。

お母さんと一緒におばあちゃんの荷物を詰める。
お父さんの運転で、お母さんは喚くおばあちゃんをなだめる。
老人ホームに着くと、スタッフの人が入口で待っていた。

「ようこそ〜!これからよろしくおねがいしますね〜!!」

明るいスタッフの方におばあちゃんは「フンッ」と鼻で返事をする。

おばあちゃんがこれから暮らす部屋に入る。
お父さんとお母さんはこれからのことを説明されるようで、別室へ行き、部屋の中にはおばあちゃんと私だけになった。


「おばあちゃん、わたしたまに来るからね!」
「……」
「おじいちゃんも、きっと来てくれるよ!」
「!……そうだね!はやくきてくれないかなあ!」
無邪気に笑うおばあちゃんは、幼児でもなく恋する素敵な女性の顔をしていた。

「そうだ!これ!」
私はおばあちゃんのカバンを開けて、1番上に入れておいた
おじいちゃんとおばあちゃんのツーショット写真が入った額縁を渡す。

おばあちゃんはそれを見て、にこにこしている。
その笑顔は私の知ってる優しいおばあちゃんの顔だった。

「マナちゃん」

声のトーンがいつもと違う。それに、私の名前をハッキリ呼んでくれた。
ハッとしておばあちゃんの顔を見ると、まだ認知症になる前のしっかりした顔をしていた。

「マナちゃん、ごめんね、沢山迷惑かけて。私、良いおばあちゃんだったかしら?」

思わず涙が零れる。
「うん!うん!おばあちゃんは私の自慢の、最高のおばあちゃんだよ!これからもずっと!」
泣きじゃくってしまった私をおばあちゃんは優しく撫でる。

「良かった。お父さんとお母さんをこれからもよろしくね。」

そう言っておばあちゃんは再び写真に目を向けた。


しばらく泣いていた私も泣きやみ、おばあちゃんの顔を見る。


しっかりした顔のおばあちゃんの頬に
つうっ、と涙が伝っていた。


―――なぜ泣いていたのだろうか。
おじいちゃんを恋しいと思う涙か、家族と離れる悲しさなのか、自分が自分じゃなくなったという絶望なのか。


私には分からない。
知りたいが、聞いてはいけない気がした。


だから私はただただそっと横に座っていた。


【涙の理由】~完~



私の祖母も、認知症になりました。私が誰かも分からず、最後まで私の名前を呼んではくれませんでした。
でも私の祖母は、認知症になっても素敵な笑顔でした。
徘徊したりも日常茶飯事で大変でしたが、祖母のことはずっとずっと大好きです。

いつも♡︎ありがとうございます!(´▽`)

10/10/2022, 12:59:51 PM