かたいなか

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「その日のお題見て、『どうしろってよコレ』ってやつだったら、ひとまず2択だわ。諦めて寝るか、強引にネタ出して無理矢理書くか」
夏物片付けて、冬物出して、そしたら最近の天気と気温が乱高下。どうすればいいの。
某所在住物書きはスマホで週間天気を確認しながら、氷入りの清涼飲料を口に含んだ。
もう、良いだろう。もう夏服は大丈夫だろう。
それでも夏日が来たら、そのときは、開き直ろう。

「……鍋の季節だよな??」
物書き完全に疑問形。無論誰も答えない。

――――――

最近最近の都内某所、某稲荷神社近くの路地、夜。
今回のお題回収役を藤森といい、近所で値引き食材を購入して、自宅のアパートに帰る途中、
赤ちょうちん下げた手押し屋台から、おでんの良い香りと温かい湯気が流れてくるのに気付いた。
2回ほどエンカウントしたことのある、不思議な不思議なおでん屋台であった。
何故か、そこで、人間の客を見た記憶が無い。
店主さえ「純粋な人間」かどうか怪しい。
しかしそこの酒とおでんが絶品なのだ。

フィクションである。 気にしてはいけない。
完全に非現実的である。 気にしてはいけない。
「これはそういう物語だ」と、細かいファンタジーには目をつぶって頂きたい。 さて。

「こんばんは」
屋台を見つけたからには、例のよくよく味のしみた大根を、明日の朝食に追加したい。
「テイクアウトを、お願いしたいのですが、」
藤森がおでん屋台の、のれんの中に入ると、椅子には雄狐と雌狐が隣り合って、仲むつまじそうに……いや、雌狐が雄狐の保護者のように?

「ほら、あなた。例の人間のお客様ですよ」
くわぁー、くわーん。雌狐が雄狐を起こした。
藤森は雌狐の声を、どこか、非常に身近などこかで、聞いたことがあるような気がした。
「前回、この人間に、お酌してもらったのでしょう。お礼のひとつでも、申し上げたら?」

「おお、お得意さん!」
くわわっ! 一升瓶を器用に抱いて、ちびちび手酌のおちょこから酒を舐めていたらしい雄狐は、
雌狐の声を聞くなり、ピンと耳を立て、頭も首もビシッと上げ、藤森の方を見て、
「紹介します。わひゃひ、わたしを、えらんでくれた、日本でいちばん美しいお嫁さんです……」
むにゃむにゃ、こやこや。また突っ伏す。
夫婦狐か。藤森は理解した。

そういえば彼等の末っ子が、遊びざかりで、あっちこっち勝手に行ってしまうため苦労していると。

「しかもあの子、食いしん坊なんですよ」
店主から鍋を受け取る嫁狐が言った。
「ここに連れてきたら、せっかく朝ごはん用に持って帰ろうと思っていたおでんを、ここに居るうちに全部ペロリ、食べてしまうくらい」
鍋の中は、餅巾着にソーセージ、がんもどき、
それから稲荷寿司や団子のような、メニューに無いものも、随分、ちらほら……?

「裏メニューですか」
「いいえ。これは、裏サービスですの」
「裏、『サービス』?」
「食材を持ってくれば、食事をしている間、ここのおでんと一緒に煮込んでくれるのです」
「サービス料は?どうすれば、いいのですか」
「ふふふ……」

何も知らぬ誠実な藤森に、コンコン嫁狐、イタズラな笑顔で数秒思案。嘘を言ってやりたいのだ。
「『どうすればいいの』、ですって?」
こやん、こやん。嫁狐が言った。
「あなたの、過去を差し出すのです。綺麗な記憶、清い思い出、美味しい心……」
藤森を見つめる嫁狐の、キラリ光る瞳から、
藤森自身、目を離せない。
「あなたは、 とても、 おいしそうですね」
声が遠い。店主が違う違うと手を振っている。
藤森はその店主に――……

…――「ん??」
気が付けば藤森は、レジ袋2個とおでんの持ち帰りプラ容器を持って、自分のアパートの部屋の中。
「え?……んん??」
店主に、半額鶏なんこつだの豚肉だのを渡して、煮込んでもらって、それからの記憶が無い。
「まさか、本当に、」
本当に、記憶を代金として取られたのだろうか。
どうやって?どうして? 湯気立つおでんの汁が入ったプラ容器を確認すれば、たしかに煮込んでもらった肉やら野菜やら、それからテイクアウトで頼んだこんにゃくと大根も入っている。

「あっ、 なるほど、な……」
さては、「これ」が原因か。藤森はポケットから、丁寧に書かれた領収書を見つけた。
そこには煮込みのサービス料とテイクアウトのおでん代と、それから、数杯分の酒の金額が、
「※記憶も心魂も一切頂いておりません」の注意書きとともに、記されていた。

11/22/2024, 3:35:34 AM