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お題:今日にさよなら

そこは暖かな陽の光が降り注ぐ河川敷だった。
不思議と軽やかな足取りで、私は綺麗な川辺に駆け寄る。

後ろでは呆れたような、それでいて物珍しいものを見るような笑顔の少年がいた。

「あまりはしゃぐと転んじゃうよ。」
「転ばないわよ。そうだ、ここで踊ってみせるわ。」

昔バレエを習っていたのよ。
本当に昔のことだから、もう何も覚えてないけれど。

記憶を掘り起こして姿勢を正す。
軽やかにピルエットを回ろうとして水の中に倒れ込んだ。

「ふふ」

思わず笑みが溢れる。
なぜか水は冷たくはなかった。

「全く、おばさんいくつなの?」
「48よ。
そういうあなたは?
……あれ?あなたどこかで……?」

その言葉に少年が笑う。

「そろそろ帰らないといけないんじゃない?
おばさんの大切な人が、待ってるよ。」

どこに帰ればよいかは、私にはわからなかった。
でも大切な人と言われてハッとした。
雄一さんがいない。

「まって。それってどういうことかしら……?」

問いただすために手を川底につこうとした。
視線を下に向けると、なぜか川は薄く汚れている。
ハッとして前を見ると、少年がどんどん離れていった。

私は川に飲み込まれ、どんどん対岸に流される。

「まって、あなた、誰なの……っ!?」

伸ばした私の手を見た少年は、笑顔のまま何も語らない。
ただ、その目は優しく私を見送っているように感じられた。

飲まれていく。
必死に伸ばした手は届かない。
……掠れていく意識の中で、少年と以前会ったことを。
血生臭いあの思い出を思い出した。



目が覚めた。
病室のベッドの上。
もう動かすことのできない体に帰ってきた。

今日も生きていた。
もう何日なのかもわからない今日を迎えることができた。

……でももう何のために生きているかもわからなくなっていた。

夢の中に出てきた少年。
なぜ忘れていたのだろう。
あれは私を庇って死んでいった、男の子だった。

きっとすぐに私もそこにいくのだろう……。

目頭が熱い。
そんなぼやけた視界の隅に花束が見えた。

ガーベラの花束。
ああ。
意味はなくとも、私はまだ生きている。

目を閉じて、今日に別れを告げる。

明日も目を開けられますように。

……そして、願わくば彼に。
雄一さんに会えますように。





関連:この場所で、花束、時計の針、旅時の果てに

2/18/2023, 3:23:54 PM