わをん

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『誇らしさ』

双子の兄はよくできた人だった。文武ともに優れていた自慢の兄に幼い頃から抱いていたのは誇らしさ。けれど齢を重ね、成人が近づくにつれてそれに比べてあの弟は、と囁く声に気づくようになった。自分は兄と比べて、世間一般と比べても凡庸であった。文武ともに中途で放り出してなにを成すでもない箱入り息子。囁かれる声は真実であった。
成人を迎えた兄は生まれ育った領地を家督を継ぐ形で治めることになり、私は僻地にある小さな飛び地を治めることになった。体の良い厄介払いだと誰もが理解していた。僻地へと向かう馬車を見送る際の兄の目にあったのは昔と変わらぬ慈愛。今の私が兄に抱いているのは、劣等感。けれどそれを兄に悟られたくないが故に目を合わせたくなかった。
「手紙を書くよ」
兄の声につい目をやると、別れを心から惜しむ涙が一筋見えた。私にも別れを惜しむ心はあった。けれどそれよりも早くここから立ち去りたいと願ってしまった。涙も流さず曖昧な返事だけを残して馬車が進み出す。
馬車の中で俯いた私はかつて抱いていた誇らしさがどこから変質してしまったのだろうと思い出せる限りの記憶を遡っていた。そんなことをしても無為であると知りながら、止め処無い記憶に溺れていった。

8/17/2024, 4:28:37 AM