このえ れい

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 いつもの店で定食を頼んで、私は水を一口飲んだ。時刻は十九時。振替休日なのでいつもより人が少ない。ここに来たときの定位置となっているカウンターの一席に座り、ちらっと周りを見回してそう思った。定位置とはいえ、べつに指定席ではないので、他の客が私より先にこの席にいれば、他の場所に座る。この席が空いている機会が多いというだけのことだ。
 目の前のメニュー表を見るともなく見つつ、彼女のことを考える。今日は仕事が休みなので会えていないが、私の頭の中は常に彼女のことでいっぱいだった。
 背筋を伸ばし、颯爽と出勤する彼女。笑顔でみんなに挨拶する温かさ。キーボードを叩くしなやかな指。誰にでも気さくに話しかける度量の広さ。同じフロアながら部署が違うので詳しくはわからないが、営業部の彼女はおそらく取引先からも好かれているのだろう、彼女は毎月、営業成績一位だった。彼女と同じ部署の無能な人間や、その成績をやっかんだ一部の人間が言うような、色仕掛けだの枕だの女の武器だのといった後暗さとは無縁な彼女だ。どうか雑音は無視していてほしいと思う。
 それはそうと、現状である。バレンタインだ。もう明後日に迫っている。
 何かと絡んでくるツインテールの後輩に課せられた、彼女の好みのリサーチは進んでいない。そもそも彼女と部署が違う私は、話す機会もあまりない。給湯室で会ったら、当たり障りのない会話を十秒ほど交わすだけだ。こんなんで、どうやって彼女の好みを把握しろと言うのだ。
 それでも積極的に話しかければいいのだろうが、そんな勇気は私にはない。
 あまりの情けなさに肺の中を空っぽにする勢いでため息をつくと、店員が定食を運んできた。今日はエビチリ定食だ。中華好きな私にとって、外せないメニューだった。
(もし仮に……)
 エビチリを口に放り込みながら考える。もし仮に、私がすでに用意してある贈り物が彼女の好みと合致していたら。それはもう運命ではないか。何せ、リサーチなどしていないし、何が好きで何が嫌いか、一つもわからないのだ。その状態で、彼女の「好き」を直撃していたら、私の正しさが証明できるというものだ。
(こんなこと、後輩には言えないな)
 私は苦笑した。自称だが実際に恋愛マスターの後輩は、経験こそすべてだと思っている節がある。想像で恋は実らないのだそうだ。言わんとしていることはわかる。
 ──でも、それでも。
 伝えたい思いがある。不器用な私なりに、精一杯に伝えたい思いが。
 勝負は明後日だ。
 皿に残った最後のエビを飲み込んだ。無意識に箸を握りしめる。
 成功するとは思っていなかった。しかし、伝えずに終わらせるには、あまりにも大きくなりすぎている。
 私は黙々と定食を平らげ、家路に着いた。夜道が寒い。
 せめて彼女にふさわしいようにと、背筋を伸ばして歩く私のシルエットは、なんとなく滑稽に見えた。

2/12/2024, 4:03:09 PM