『もっと簡単だと思ってたよ』
雨粒が地に叩きつけられる音の中
風に吸い込まれてしまいそうなくらいに小さな声で彼女は呟いた
『そりゃそうだよ、人は丈夫なんだから』
その声を優しく拾い集めて会話をする
会話をしてないと彼女が動けなくなりそうな気がしたから
『1人くらい簡単に殺せると思ってた』
『ガラスじゃないんだから…』
『…キミはなんで賛成してくれたんだ?』
彼女の問いかけ1つで言葉が消える
人気の無い公園にある大きな遊具を繋げるドラム缶のようなやつで雨を凌いでるから
声が無いと溶けてしまいそうなくらいに雨が響く
『キミがやりたいと言ったからだよ』
優等生と不良でホームレス狩りをした
黒い服を来て木製のバットを持って
1人の老人を襲ったのだ
『自分が無いんだな』
近隣でもよく騒ぎを起こすような人だったから
殺しても問題は無いんじゃないかとか
自分達を誤魔化しながら正義を行使した
『キミのやりたい事をやりたい自分が居るよ』
彼女は恐怖したのか震えていた
『…いくつか質問をさせてくれ』
いや、彼女は恐怖してない
『私は今どんな顔をしている?』
困惑と悦び、興奮と後悔…
『めちゃくちゃエッチな顔してる』
色んなものが入り交じった彼女の表情はとても妖艶だった
幼い顔立ちの彼女に抱いていいものではないけれど
ハッキリ言って興奮する
『表現の仕方はマイナス点だな』
彼女はその言葉に吹き出して笑った
たかが人1人、されど人1人
2人で殺したのだ
若気の至りというもので
興味本位というもので
『見つかったら捕まるかな』
『怖いかい?』
『怖いよ』
『落ち着いてるように見えるが…』
『落ち着いてはいるよ、でもキミと離れたくない』
興奮気味の彼女とは相反して自分は至って冷静だった
震えも汗も出ていない
心臓が高鳴ってるかと言われたらそうでもない
何度も凶器を振るうのは彼女に難しくても
自分には呆気ないほど簡単だった
今回の事で彼女とは違い、人は簡単に死ぬんだと
何処かで安心していた
安心してしまっていた
それと同時に彼女が居なくなるのではと不安になった
『捕まったら離れざるを得ないさ』
『…嫌だな…』
『少年院を出るまでの辛抱だよ』
平穏な日常を
くだらない日常を
つまらない日常を
壊してくれたのは彼女だけだった
『もう俺は“良い子”じゃないよね?』
歳上にも歳下にも都合が良い存在として生きてきた
勉学に励み友好関係を築き自慢の息子を演じてきた
演じている自覚が無くなるほどに
『あぁ、凄く“悪い奴”だ』
彼女が自分の問いに答えながら凭れてくる
自分は体温が高めの彼女を守るように抱き締める
どんな人間に“良い子”と称されても
彼女の“悪い子”という称賛には敵わない
やりたい事をやって
憧れたい人に憧れて
自分自身が誰の顔色も伺わずになにかを選ぶ
そうする自分を“お前は悪い奴だな”と受け入れてもらいたかった
『私は今のキミが好きだよ』
その言葉が1番欲しかった
『俺は今も昔もキミの事が好きだよ』
雨と汗と彼女の匂いが混ざる
その香りが風に攫われないように包み込んでいれば優しく頭を撫でられた
『私はいつだって変わらないさ』
ちょんと頬に触れる唇に悦んで
こんな状況でも一丁前に男な自分に困惑して
雨に濡れた綺麗な横顔に興奮して
そんな愛おしい彼女と離れ離れになるような事をしでかしたのに後悔してる
自覚が無いだけで自分も彼女と同じ表情をしているのかもしれない
『抱いていい?』
『此処でか?』
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〜あとがき〜
お題を使いなさいと言われるかもしれぬけど出戻りの身ゆえにお題を使った事があるとでしてね
ちょっとそーいう雰囲気のもの書きました
こーいう傷の舐め合いみたいに身を寄せ合う2人組凄く好きです
10/10/2024, 6:16:42 PM