欲望の化身と出逢うのは此れが初めてのことであった。昼間なのに暗い自室で、私の袴姿をじろじろと嘗め尽くすかのように眺めるその巨大な目玉と黒く濁った巨体は、ルドンの作品を彷彿とさせる不気味さを有している。しかも、そんなのがベッドからにょきにょきと生えてくるもんだから、悍ましいことこの上ない。そんな恐ろしい風貌をした悪魔は私に口を利く訳でもなく、ただじっと私を見つめていた。そこで私は、嗚呼こいつも同類なのだと気づき、それと同時にこいつは私の渇望の権化なのかと悟った。踏台の上で首にロープを引っ掛けようとしている私にとって、この光景は非常に心揺さぶれるものだったのだろう。何故か突然気持ちは醒めていた。私にとって、この世を去りたい理由なんていくらでもある。だが、別にそれをするのは今じゃなくても良いのかもしれない。そういう風に思考転換することが幸いにも可能だったのだ。何処か異常化していた私が正気を取り戻した時には、既に私は紐を切り捨てていて、辺り一面にはいつも通りの自室が広がっていた。
そして、そこには余りある静寂しか残っていなかった。
3/1/2024, 1:28:00 PM