薄墨

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僕の友達は化け物だ。
普段の外見は、どこからどう見ても人間にしか見えないけれど、化け物だ。
僕は、それを知っている。

どこにでも溢れている人が、人であるか人ならざるものなのかを見分けるコツは、その人の影を見ることだ。
地面に映る影でも、水面に映る影でも、鏡に映る虚像でも、とにかく、そういう映る影を見れば、人と人でない人は見分けられる。
けれど、そうやって正体を見分けられたところで、肝心なその人が自分にとって危険なのかどうかは分からない。
人間だって悪い奴は悪いし、人じゃない生物だって、大半の奴は普通の人間と変わらない、普通な奴だからだ。

そして、僕の友達は、人に化けて生きている化け物であり、化け物にも人間にも一番多い、ごく普通の、凡庸な奴だった。

アイツの影はいつだって揺らめいていて、無数の目玉がこっちを向いていた。
アイツに初めて会って友達になった時、アイツだって、僕だって、どっちも幼い、妖怪だか人外だかなんて知らない、小さい小さい時だったから、僕たちは同じくらいの歳の子をみんな巻き込んで、無邪気に遊んでいた。

影踏みだってしたことがある。
鬼になってアイツの影を踏もうとする時は、無数の目玉がこっちを睨んでくるので、みんな踏むのを戸惑ってしまう。
それで、アイツはいつも、影踏みになると最後まで残った。
そして、僕がアイツの影を踏むまで、影踏みは終わらないのだった。

僕たちが大きくなって、大人に近づいていくにつれて、アイツが化け物であるということ、影が尋常ならざるものであるという記憶は、僕たちの仲間うちで、どんどん薄れていったようだった。
しかし、僕だけは覚えていた。
アイツが気のいい化け物で、影踏みがめっぽう強くて、水辺に行く時、いつも水面に映った顔を見られないようにしているということを。

僕はアイツとずっと一緒にいるものだと思っていた。

おかしいとは思っていたのだ。
アイツと疎遠になる友達が増えてきて、アイツのことすら忘れてしまう人が増えてきた。
そんなある日の夕方、僕はアイツのルーツを知った。
「宇宙人なんだ。」
夕日に照らされた無数の目がゆらめく影を見つめながら、アイツが行った。

それを聞いて、何故だか僕は、アイツが近いうちにどこか遠いところへ行ってしまうような気がした。
だから、その日の晩、こっそり、星に願った。
「行かないでくれ。」と。

僕はあの日すでにアイツを止められないことを知っていたのかもしれない。

行かないでと願ったのに、次の週になって、アイツはスッパリ消えてしまった。
戸籍からも周りの人間の記憶からも。

アイツの影を、僕は今でも覚えている。
揺らめく影に、無数の瞳がこちらを覗くあの影を。
影から聞こえてくる、気のいい、凡庸で、友人を大切にするのに、どこかいい加減なアイツの声を。

行かないでと願ったのに。
あれから、僕は、少し未練がましく星を見上げるようになった。
今日もどこかでアイツが元気にやっていることを願いながら。

11/3/2025, 10:56:42 PM