お題『夏草』
(一次創作・いつもの!
タイトル『この夏、君と忘れない』※過去ログはカクヨムで読めます。 優斗のターン)
記録会まであと1週間となった。100メートルの走り込みだけでなく、バトンパスの練習にも余念がない。
ヤマセンは打ち解けていないといいバトンパスはできないと言っていたけど、それはどうやら本当らしい。以前なら1日のうちに最低3回は落としていたバトンを、合宿以来1回も落とすことがなくなった。
今日からいよいよ本番を見据えた練習が始まった。
俺は補欠だから。いや、だからこそ【何番目になっても走れる】ことが求められる。補欠は決して気を抜けるラクなポジションなどではない。
走行順を変えたりメンバーを入れ替えたりしながら、何本も走る。走る。ただひたすらに走る。
先日遂にフォームの矯正が完了したら、以前の記録を0.5秒縮めることができた。俺の隣で走っていた野上は、追いつけなかったことと記録を更新されたことをとても悔しがっていた。
休憩を間に細かく挟みながら2時間の練習時間が終わる。
「いい調子だぞ、みんな」
ヤマセンが満面の笑みを浮かべながらグラウンドにやって来た。
「そういえばほとんど顧問は来ないって、中村、言ってなかったか?」
ふと思い出して、その疑問を口にした。
「そういやヤマセン、最近なんでこんなに毎日顔を出してんだ?」
中村がヤマセンに疑問を投げた。
「以前の陸上部はつまらんかったし、見ていたら腹が立つだけだったからな。
それに比べたら最近は楽しい。清々しいし頼もしいよ。お前らは自慢の教え子たちだな」
そう言うとヤマセンは俺たちの肩を順番に一人ずつ叩いて回った。
俺はヤマセンのことをイケスカないクソジジイだと思っていたけど、この半月ほどで印象がガラリと変わった。よく笑うし、先日の合宿のときのように悪ふざけも言う。血の通った人間って感じがして好ましさすらある。
俺は改めてヤマセンに一位になるところを見せたいと思った。
「なぁ、中山先輩」
部室に上がろうとした俺の背中が呼び止める。
「何だ、野上」
振り返ると、切り揃えられた前髪の向こうにある真剣な眼差しと目が合った。
「100メートル、付き合ってもらっていいっスか?」
「ああ、いいけど……どうして?」
「俺、悔しいっス。100が本職とか言っておきながら先日ポロッと入ってきた先輩に負けて、悔しい。
だから、今度は俺が勝つまで走ってください」
野上の目は俺に、ただでは帰らせない、と物語っている。
「野上、俺は手ぇ抜く気ねーからな」
「当たり前っス」
こうして他のメンバーとヤマセンが見守る中、俺と野上の真剣勝負が始まった。
スタートのホイッスルが鳴る。ただひたすらに走る。ゴールラインを踏む。
これをひたすら繰り返す。
7本目、俺がゴールラインを踏んでも野上はやって来なかった。
「野上!?」
高橋の叫び声が聞こえた。
振り向くと、50メートル付近でふくらはぎを抑えてしゃがみ込んでいる野上の姿が。
——真夏の雑草ばりにしつこかった野上は、肉離れを起こしてしまった。
8/28/2025, 11:14:03 AM