喜村

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「お仕事いってらっしゃーい」
「ママー、いってらっしゃーい」

 俺は、3歳になる息子を抱っこして、玄関で妻に手をふった。
 新婚ならば、いってきますのちゅー、とかする所だろうが、子どももいる中結婚して7年もすれば、そんなこともしなくなる。
 君は、いってきます、と、素っ気ない挨拶を返して、いつも通り仕事へと向かった。
 扉の向こうは雨模様。ガチャリと鍵を閉めて行った。

「今日は、パパが休みだから、保育園のお迎えもパパが行くからな」
「ママはー?」
「ママはお仕事ー」

 息子の小さな足に靴を履かせながら、そんな父と子の会話をしていた。

 それから、2年が経った。
もう息子も5歳で幼稚園児である。

「ママはー?」
「ママどこ行ったのかなー?」

 君と最後に会った日は、雨模様だった。
 俺は、君は普通に仕事へと向かっただけかと思っていたのに。
 俺の心の鍵も、あの日からしっかりとかかってしまっている。
 だが、息子の前でそんな顔もしていられない。

「帰ってこないかなー?」
「帰ってこないかなー?」

 俺の言葉を真似して息子も呟いた。
 梅雨時期の空模様は、もちろん今日も雨だった。

@ma_su0v0
【君と最後に会った日】

6/26/2024, 11:42:58 AM