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“神様だけが知っている”

 
 "七つまでは神のうち"人間たちの間では、そんな言い伝えがあるらしい。そちらの都合で勝手に押し付けられてはたまったものじゃない。
 随分と低い位置でふるふる揺れている小さな頭を見下ろしてため息をついた。全く神社は託児所じゃないし神様だって忙しいのだぞ、とその柔らかそうな髪に見え隠れする白いツムジを押してやろうと手を伸ばしたけれどなんとなく気が変わった。

 長く伸ばした爪でその繊細そうな肌を傷つけてしまわない様、おそるおそる触れた髪は酷く柔らかくてそして温かかった。そうか、生き物というものは温かいんだったな。相変わらずズビズビと鼻を啜る音ばかりを響かせる小さな生き物はややあって少しだけ顔をあげた。まんまるの両目にこれでもかと涙を浮かべた人間の子供の顔は泥だらけであまりにも可哀想なことになっている。
 
 「……さっさと泣き止め、ガキ」
 「……っ……」

 撫でていた手とは逆の手で、袖口の余った部分を摘んでその顔を拭いてやる。子供は終始ぽかんとしながらされるがままになっていた。泣かれるのは好きではないが、これくらい大人しいガキならばまあ良いか。
 袖を軽く払って子供の隣に腰を下ろす。子供はぽかんとした顔のまま、コロリと最後に目の中に残っていた涙の粒を零した。

 「……神様ですか?」
 「違う。俺は神様の使いだ」
 「……狐さんですか」
 「まあ……そんなものだ」

 正確にいえばただの狐ではないが、こんなガキにいちいち説明したって伝わらないだろうし、なにより泣き止んだのであればさっさと元いた所へ帰さなければならない。常世と現世では時間の流れが異なる。そろそろ親が探し始める頃だろう。

 「さて、泣き止んだならさっさと帰れ」
 「……帰らなければいけないんですか?」
 「当たり前だ。お前はまだこちらに来るべきじゃない」

 いつの間にやら、俺の自慢の尻尾を掴んでいたガキの小さな手に、精一杯の抵抗なのだろうかギュウと一層力がこもるのがわかる。口調のわりに頑固なガキだ。

 「なぜ帰りたがらない」
 「……」

 こちらを見上げてくる両目にじわりと涙の膜が張っていくのが見えて、またため息が漏れた。子供というのはどうしてこうもコロコロと感情が行ったり来たりするんだ。泣かれるのはなんとなく嫌で、まだ微かに泥の残るまんまるの頬をあやすように撫でてやる。

 「一つだけ願いを聞いてやる。だから帰れ」
 「……お願い、ですか……?」
 「ああ、なんでも一つ聞いてやるからさっさと言え」

 子供が話す度に頬がぷくぷくと動くのがこそばゆい。勢いで言ってみたわりに上手く刺さった様で尻尾を掴む力が弱まったのを感じる。
 ややあってから、二人だけの秘密にできますか?とやけに恥ずかしそうに言われたのでそっと頭の上の耳を寄せた。

 『           』

 言い終わった途端に子供の姿はふわっと消えてしまい、後には俺一人が残されていた。常世に住む俺に体温なんてないはずなのに、なんだかやけに顔が温かい気がする。
 願いを聞き遂げると同時に子供の記憶から常世に関するものは消している。ここで会ったことも話したことも、何か願い事をしたことも、全て忘れているだろう。

 願いが叶うかどうかは、俺にもわからない。きっと、神様だけが知っている。

7/4/2024, 1:26:12 PM