まず、会話の始まりは挨拶から。
初めまして、おはようございます、こんにちは、こんばんは。
親しみのこもった爽やかな笑顔を添えてそう告げた後、ごく自然な流れで天気の話へと移行する。
今日はいいお天気ですね、昼から暑くなるそうですよ、昨日の夕方に突然降り出した雨にはさすがに参りました、など。そんなふうに続けておけば、大抵の相手ならすぐに和やかな様子で話題に乗ってくれる。僕は今までこのやり方で様々な人との仲を培ってきた。より良い仕事はより良い人脈作りから。
つまり会話のきっかけを掴むのに、誰に対しても無難な天気の話は、とても便利なトピックなのである。
・・・・・・と、今までの僕はそう思っていた。
だが、しかし。
時に例外というものは存在する。
「お前は無能か、有能か、俺が知りたいのはその一点のみだ!」
ソファーの上でふんぞり返るその男は、僕とは今日が初対面であるにも関わらず、不躾にもこちらに向かって思いっきり指をさしてきた。
「社交辞令の挨拶も、相手との距離をはかるための無難な会話も、俺には不要だ。そんなものは時間の無駄に他ならない」
高らかにそう宣言した男は、長い足を優雅に組む。テーブルを挟んだ向かいのソファーに座る僕を、まるで値踏みするような視線で眺め遣った。
なるほど。稚拙な繕いなど最初から求めていないということか。ならばこちらも回りくどいことはやめて、本音で話し始めるとしよう。
だって、僕も本当は──。
【天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、】
──ただ、ひとつ。
「僕は有能ですよ。僕と一緒に仕事をしたいなら気を付けてください。下手なことをすれば、あなたがいま座っているその椅子が、次に僕が座る椅子になるかもしれませんからね」
澱みのない僕の答えに、向かいに座る男が些か面を食らったように目を丸くする。しかし次の瞬間には、何とも楽しげな不敵な笑みを、その口元に湛えていた。
5/31/2023, 2:36:48 PM