65.『心だけ、逃避行』『風鈴の音』『隠された真実』
「お前に任務を与える。
魔法少女フウリーンの正体を探ってこい」
「はい、魔王様。
命に代えましても遂行いたします」
我々の世界征服の邪魔をする、謎の存在フウリーン。
その正体を探るという、重要な任務を言い渡された俺は使命感に燃えていた。
ヤツは謎が多い。
邪魔者であるのは間違いないのだが、どこの誰かも分からない。
若い少女が変身しているという情報もあるが、それだって本当かどうか……
我々はフウリーンのことを何も知らないのだ。
だがヤツとて人間、なんらかの弱点はあるはず。
弱みを探り、戦いを有利に運ぶ。
今後の展開を左右する大きな要素だ。
そう思えば、俄然やる気がみなぎる。
だが我々と人間の姿は似て非なるもの。
元の姿のまま街に出ては目立ってしまう。
そこで人間どもに不審に思われないよう、秘術を使い猫に化けて街に出たのだが……
「ふふふ、猫さん捕まえたー」
捕まってしまった。
フウリーンに。
「毛皮ふさふさー、肉球ぷにぷにー」
一瞬だった。
風鈴の音がしたと思ったら、既に抱きかかえられていた。
能力には自信があったのだが、まさか反応すら出来ないとは……
部下が敵わないのも道理である。
「猫吸いーー」
だが幸運なことに、フウリーンは自分の正体に気づいていない。
どうやら純粋に猫を愛でるためだけに、俺を捕まえたらしい。
というかそれだけのために変身したのか?
能力の無駄使いすぎる。
敵に捕まって身動きが取れないと言う割とピンチな状況だが、これはチャンスでもある。
このまま猫のフリをしていれば、フウリーンが口を滑らせるかもしれない。
そう思った俺は、そのまま大人しくすることにした。
「猫さん、大人しくていい子ね。
そんないい子には、特別に私の秘密を教えてあげる」
なんということだろう。
聞き出す方法を悩んでいると、自分から話してくれるらしい。
これは渡りに船。
ぜひとも話を聞かせてもらおうじゃないか。
「私ね、人類を滅ぼそうと思っているの」
なるほど、フウリーンは人類を滅ぼしたいのか。
この秘密を持ち帰れば、次の先頭はぐっと楽に……
なんて?
「人間の世界は嘘と欺瞞で満ちているわ。
みんな私の事を褒めてくれるけど、それは表面上だけ。
危険だって心配する割には、誰も私を助けてくれないのよ」
年齢に似合わない擦れた発言をするフウリーン。
このくらいの子供は夢でいっぱいの年頃のはず。
なのに、何をどうすればこんなにひねくれるのだろうか……?
敵とはいえ、なんだか可哀想になってきた。
「何かあったら『フウリーン、助けてくれ』。
自分でしようとか、身を守ろうとか、まったくないの。
全部私任せ。
嫌になっちゃうわ」
それからも、愚痴を続けるフウリーン。
ヒートアップするにつれ、俺を撫でる手に力が入る。
最初こそ半分同情して大人しく聞いていたのだが、やがて痛みに我慢できず体をひねる。
「ごめんね、猫さん。
痛かったでしょ?
猫さんが聞き上手だから、話しすぎちゃったわ。
でも誰にも言ってはだめよ。
秘密なんだから」
わかっております、お嬢さん。
隠された真実は、隠したままにしておきましょう。
こんな救いのない事実は忘れるに限ります。
「あとね、私が怪人を倒す時間で賭けをしているみたいで……」
さらにフウリーンの口から、新しい事実が出てくる。
知らない情報ばかりだが、聞きたいのはこういうのじゃない。
いかに人間が醜いのはもう知っている。
俺が知りたいのはフウリーンの個人情報、特に弱点とかが聞きたいんだ。
気の滅入る話はもう沢山なんだ。
誰か助けてくれ。
俺はもう、こんな悲しい話を聞きたくない。
「あっ、もうこんな時間。
そろそろ家に帰らないと!」
その言葉に安堵する。
長期戦を覚悟していたので、正直助か――
「家に帰ったら続きを話そうね」
!?
まさかの延長戦!?
これ以上聞かされたら、俺の精神が持たない。
もう聞きたくないと腕の中から脱出を図るが、がっちりホールドされてびくともしない。
猫を逃さないためだけに本気出すなよ、畜生め。
だが希望はある。
この年頃は何事も飽きやすい。
褒められたことではないが、世話の大変さから捨てることだって――
「責任持って面倒見るからね」
歳に似合わず責任感が強いだと!?
魔王様、申し訳ありません。
俺はもう生きて帰れないみたいです。
「ふふふ、猫飼ってみたかったんだぁ」
こうして俺はフウリーンの家に強制連行され、延々と愚痴を聞かされる地獄が始まり、心だけ、逃避行する日々が、始まるのだった。
「私、猫のいるケーキ屋さんを開くのが夢だったの」
あ、そこは年相応なんだ。
7/19/2025, 12:49:40 PM