私が初めて惚れた人は、高級妓楼の妓女だった。
 彼女は、色では無く、芸を売る妓女だった。
 将棋や囲碁などの盤上遊戯と、二胡の演奏が評判の妓女だった。
 容姿は整い、美人の部類だが、此れと言った特徴は無い、
 どの街にも一人は居そうな普通の娘だった。
 どこか儚げで、優しく、柔順な彼女は、瞬く間に値は吊り上がっていった。
 武官の私でさえ、三カ月に一回通うことが限界な程だった。
 彼女に身請け話をした、そんな矢先の事だった。
 父が、亡くなったのだ。 
 亡き母は、父から最も愛された妾だった。
 其の子たる私は、本妻から真っ先に家を追い出されたのである。
 まさか、この時は……家督を取り戻すのに四年もの月日が掛かるとは、
 思わなかった。
 やっとの思いで、早馬を走らせ、彼女に逢いに行った。
 すると、彼女は私の顔を見て……、涙を流したのである。
 私は思わず、彼女に駆け寄り、抱きしめる。
 そして、絹のハンカチを差し出した。
「あゝ、良かった。貴方を信じて……。」と、彼女は泣き崩れる。
「翡翠」私は、彼女の名を呼ぶ。
「はい。」彼女は、俯く顔をそっと上げる。
 其の顔は、涙が溢れながらも喜びに満ちていた。
「ごめんね。迎えに来るのが、遅くなって。」と、私は穏やかな声色を保つ。
見栄を張り、溢れる感情の涙をぐっと堪えながら…。
 
9/10/2023, 2:49:27 PM