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『たまには』

ダンボール箱の中から青色のバインダーを手に取る。何年か前の一時期に使っていた物だ。
インデックスをめくると、見慣れた汚い手書きの字がページを数行埋めている。何枚か見返して思い出したが、小説――と言うにはあまりにも短く、表現に乏しい――のような文章が書かれていた。
リーフごとに違うストーリー、というよりほぼあらすじのようなそれらをペラペラとめくって読み返していく。
……黒歴史には違いない。そのまま捨てようか、とバインダーを左手に持ち替えると、ベシャッと音がした。床に目を向けると、白紙のルーズリーフが散らばっている。まだ使えそうならメモ用紙にしたいのに、と急いで寄せ集めていくと、ふと違和感を感じる。
リーフの右下を見ると、薄い字で「7mm」と印刷されていた。
我、B罫ヲ愛ス者……A罫ハ……消エ去レ!!
……いけない。心の中の魔王が瞬間的に怒ってしまった。
よく見たら、小説モドキの文章達が書かれていたのも7mm罫だった。
罫線と罫線の間の字の収まりが好みで、ずっと6mm罫しか使っていないはずだった。昔は学校、今は職場という違いはあるけれど。
なんだって小説はこんな幅広罫線を使っていたんだろう。手にかき集めた白紙のルーズリーフを眺めてみるが、やっぱりB罫の方が好きだ、と感じる。A罫の、一行のゆったりとした広さが、勉強や仕事に使いたいとは思えなかった。
……ああ、だからか。うっすら、この青いバインダーとルーズリーフを買った時の記憶が朧げに浮かんでくる。
小説を書いてみたくて、地元にかつてあった文房具屋に買いに行った。勉強で使ってるルーズリーフは残っていたけれど、それを使うのは嫌だった。もっとゆったりした線のものに書きたかったから、青い袋に入ったB罫のルーズリーフではなく、A罫の入った赤い袋を手に取った……はず。バインダーは青なのにな、と不揃いな色を見ながらレジのおばちゃんに会計してもらったっけ。
文房具屋だったあの場所は、今どうなっていただろうか。そんなことを考えながら、キチキチに字を書くには幅の広い罫線を眺めていると、ピンと張った糸が緩むように、なんだか心までゆったりとなってくるような気がした。片付けするぞ!物を捨てるぞ!とさっきまで息巻いていたのに。
……そうだ、部屋の片付けをしていたんだ。周りを見渡すと、雑然と物が散らばったままだった。急いでバインダーとルーズリーフをテーブルの上に置いて、作業を再開する。
このダンボール箱の中には、赤い袋に入ったルーズリーフの残りがあるかもしれない。もし見つけたら取っておこう。片付けが終わったら、その紙に小説を書いてみたい。字が汚くても、おかしな文章でも、あの頃のように自由に書いていきたい気分だった。

3/6/2023, 1:14:05 PM