わをん

Open App

『胸が高鳴る』

秋の文化祭でクラスの男子たちによる女装カフェという模擬店があった。体育会系のいかついウェイトレスもいれば、仕草がサマになっているウェイトレスもいたが、一番人気はなんと俺の親友。元々中性的な容姿がクラスの女子たちの化粧によってとんでもない美人になり、一部の同性たちをそれはそれは惑わせていた。俺もその一部のうちのひとり。スマートフォンに収められたツーショット写真を見返すことがたまに、いやけっこうある。
「あのときのお前、めちゃくちゃかわいかったな……」
「その話もう何回目よ」
春休みで家に遊びに来た親友は部屋で寝転びスマートフォンを眺めながら笑う。普通にしてたら別にときめかないのになぁと少し不思議な気持ちになる。
「でももうやりたくないかな」
「えっ、なんで」
「あの後けっこうな数告白されたから」
「えっ、」
「全部男ね」
「ええっ、」
初耳の話だった。
「魔性の女じゃん!」
「魔性の女装子さんね」
おもむろに身を起こした親友は身を正してこちらに向き合うと、謝りたいことがある、と切り出した。
「お前がよく見てる僕とのツーショット写真あるじゃん」
「ある。今も見てた」
「あれをね、告白してきたやつらに見せて僕の彼氏ですって断ってたのよ」
「ええっ、」
そういえば文化祭の後から視線を感じることがあったような気がする。ちょっとしたインネンつけられたり嫌がらせがあったようななかったような。
「僕のせいでなんか嫌な思いしてたらごめん。あと勝手に彼氏とか言ってごめん」
そう言って親友は頭を下げた。その下げた頭を人差し指で押してこちらを向かせる。
「1個目については、俺は気にしてないからお前も気にしなくていい」
「……わかった」
「2個目については、聞きたいことがある」
「はい」
「俺いま告白された?」
部屋の空気が少し変わっていた。短いようでやたらと長い時間が流れて手には汗が滲み、心臓がじわじわと存在感を増してきていた。ときめきに少し似ているかもと思っていたところに小さな小さな声で親友がはい、と言ったのが聞こえてくる。文化祭のあのとき以来に胸が高鳴り始めていた。

3/20/2024, 4:06:43 AM