【小さな命】
たんぽぽの綿毛が空中を浮遊していた。
最も、それ自体に浮遊能力はもちろんなく、風に乗ってただ流されていた。
綿毛一つ一つに種があり、ある一つの綿毛が地面に落ちた。
「ここは、良いところだ」
綿毛は思った。
最低限生育可能な土の上に落下できた幸運に感謝だ。
他の仲間がどこに落下したのかはわからない。
共に育とうと数秒前に約束した友人は、川の上に落ち、そのまま流されていってしまった。
しばらくして、芽が出始めた。
綺麗な緑色に自分でも惚れ惚れしてしまう。
このまま無事生育できることを祈るしかない。
そう、祈るばかりだ。
なにせ、足がないからな。全ては運なのだ。
またしばらく月日が経ち、子葉ができ、葉は大きくなった。
ある日、踏まれた。
まあ、仕方ない。踏まれても大丈夫なように彼の体は設計されている。
少々葉っぱに傷がついたが、やはり問題はなかった。
隣人がやってきた。
どうやら同じタイミングでこちらへやってきたらしい。
気が付かなかった。
彼は葉を踏まれずに済んで安堵していたようだ。
全く彼は嫌味なやつで、毎日のように嫌味を言ってきたのでいい加減腹が立っていたのだが、程なくして彼はこの地を去った。
斜向かいの雑草に除草剤が撒かれ、その飛沫がちょうど、隣人の彼に飛んだのだ。
それからあっという間だった。
隣人の彼はことごとく茶色く変色していき、人間のおっさんに引っこ抜かれた。
また運が良かった。
彼は隣人の彼とは違い、再び生き残ることに成功したのだ。
さらに月日が経った。
立派な花だ。
清々しいくらいの青空を真っ向から受けて、彼は黄色の花を輝かせている。
これぞたんぽぽのあるべき姿だ。
雨風にもろともせず、除草剤の飛沫を華麗に躱し、見事、ここまで生きてきたのだ。
やがて白くなり始めた。
綿毛が生えてきて、ふわふわし始めた。
凄まじい量の綿毛の一つ一つに、やはり種がくっついている。
彼は昔を思い出していた。
自身の武勇伝を誰かに聞かせたくて仕方がなかった。
この無数の種子の中から、誰が自分のように成長できるだろうか。
やがて、綿毛が全て飛んだ。
大風の日だった。
遠くまで飛ぶだろう。
程なくして、綿毛が彼の近くに落ちた。
その綿毛はやはり成長し、黄色い花を咲かせた。
彼はほとんど死にそうだった。
いや、すでに肥料と化していた。
彼は完全に微生物に分解され、何かしらの栄養源となり、巡り巡って、お隣のたんぽぽの成長の糧となっていた。
お隣のたんぽぽもやはり、綿毛を飛ばした。
2/24/2024, 3:08:40 PM