【ティーカップ】
古びた喫茶店の片隅、湯気の立つティーカップが二つ並んでいた。
白い磁器の表面に、年月の小さな傷が光を受けてきらめく。
午後の光は静かで外の世界の喧騒とは無縁だった。
向かい合う二人は、言葉少なに紅茶を口にする。
長い沈黙のあと、ひとりが小さく笑った。
「これ、まだ置いてあったんやな。」
かつて二人がこの店で夢を語り合っていた頃、いつも頼んでいた同じ銘柄の紅茶。
互いのカップを区別するため、片方の取っ手には小さな欠けがある。
年月が流れ、それぞれ違う道を歩んだ。
途中で何度も言い争い疎遠になった時期もあった。それでも、ふとしたきっかけで再びこの席に戻ってきた。
ティーカップを見つめると不思議と胸の奥が穏やかになる。
「やっぱり、ここが落ち着くねんな。」
「そうやなあ。変わらないもんがまだある。」
軽くぶつかるカップの音が、小さく響いた。
その音は、謝罪でも約束でもない。
ただ、過ぎた日々を受け入れるように優しい響きだった。
湯気の向こう、二人の間に漂うのは言葉ではなく静かなぬくもりだった。
それは紅茶の香りのように、時間が経っても消えない友情の証だ。
11/11/2025, 1:56:14 PM