入浴を済ませ、いつもよりも念入りにボディクリームを塗る。ちょっとお高めのコレはこういった類の中では珍しく無香料で、乾くと肌触りがツルツルで気に入っていた。
それから顔に化粧水、乳液、パックをして、彼の毛を乾かしてヘアオイルを塗る。コレも無香料。パックを外して余った液は手に塗りつけて。
次は化粧。いつもより少し華やかに。小ぶりだけど上品なピアスを付けて、それとお揃いのネックレスを付ける。
髪の毛をアイロンで巻いて、この日のために買ったちょっといいワンピースに袖を通す。
髪の毛を後ろ手で括って頸を晒すと後ろから伸びてきた手がワンピースのチャックを背中から上に上げてくれる。最後のホックが首の後ろでプチッと止まった音がした。
「先輩、とても綺麗ですね」
「ありがと」
「ここまでする必要あります?」
「同窓会なんてね、値踏みだよ、値踏み。結婚してるか、子供はいるか、そんな事ばっかりが話題なんだから」
少し落ち着いた色のルージュで唇を彩り終えて、全身鏡で最終チェックする。髪型良し、化粧良し、服良し。
「だから私は、せめていい服着て着飾って今がとっても幸せですってアピールしなきゃいけないの」
「.....成程。ではコレも有効かと」
シュッという音と共に頭上からベールをかぶせる様に嗅ぎ慣れた匂いが降ってくる。高級感のあるムスクの香り。彼がいつも付けている男物の。
「コレは安いものじゃないです。こうする事でアナタにはそこそこのステータスで、そして同窓会に行かせるのでさえこうやってマーキングをするぐらいアナタにゾッコンな恋人が居るのだと分かるでしょう?」
彼は自らの手首にもシュッと一振りしてその手首を私の首や胸元へ擦り付けた。
「...後は、アナタを射止めようと近寄ってくる男共もこのマーキングで近寄れなくなるかと」
「ふふ。ありがと。これで少しは肩身の狭い思いをしなくて済むよ」
抱きつこうとして気づいた。口紅をしていなければ、この可愛い嫉妬と独占欲を見せる恋人に甘い甘いキスをしてやれるのに。私のことが好きだと言葉と行動で表してくれる、本当に彼のそう言うところが私は大好きなのだ。
「じゃあ行ってくるね」
後ろ髪を引かれる思いで玄関の扉に手をかけた。
「待ってください」
振り向くと彼が私の手を取った。
「堂々と同窓会に行ける方法まだ他にもあります」
「ん?どういう事?」
「結婚しましょう」
そう言うとどこからともなく指輪を出して私の薬指にはめた。なんて?ここで?今?いきなりの事に混乱して私の口はぱくぱくと動くだけでまともな言葉が何も出てこない。
「...え?な、なに..?」
「こんな形でプロポーズする事になるとは思いませんでしたが、たった数時間だとしても貴方に肩身の狭い思いだなんて絶対にさせたくありません。返事を聞く前に指にはめてしまってすみません。取り敢えず同窓会の間はこの指輪をつけて行ってくれませんか」
指輪にはまった綺麗なダイヤの指輪。それから目を離し見上げると耳まで赤くなった彼が居た。ああ、もう。
口紅を塗っていた事なんて忘れて彼に飛びついた。
動いた事でふわっと香る彼の匂いが2人を包んだ。
きっと今日は空気が揺れるたびにこの香りが私を幸せな気持ちにしてくれるだろう。
私は返事代わりのキスをした。
「匂いも苗字も君のになっちゃうね」
「ソレ最高ですね」
#香水
8/30/2022, 1:24:36 PM