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たった一つの希望があるとすれば、目で訴えてくる君の顔。
誇りもプライドも失くしたばかりの自分には少々眩しくて目を逸らす。

だからね、僕の鞘を抜いた刀身が反射して君の顔を照らす時、同じくして周りを素早く囲む敵に相対したこの瞬間、自分という憶病者は消え去った。


嫌な音が響いても、涙を浮かべてもじっと見ている君には血のりを見せたくないなと思いつつ、一人ずつ敵を倒していく。

刃こぼれした刀が最後の敵にかかる時、手が滑り涙か汗が一雫、伝って地面を濡らすその拍子に振りかざされた刀をなんとか身体を反らした姿勢で一撃を受け止める。
よろけそうになるけれど、受け身から攻め手へと身体をしなやかに素早く入れ替える。

その時に柳桜が風に乗って花びらを降らせた。


最後の一撃を敵に与えた時に、緩慢になった敵が倒れていく姿を目に焼き付ける。
自己欺瞞かもしれず、でも確かにどきどきした胸には罪悪感はあって、だから儀式のようなものだ。

目をあけてすぐに君を探し駆け寄って、無事を確認していたら君が手ぬぐいを持って汗を拭ってくれた。
ほっそりとした手が心なしか震えていた。

「すまない、これからも苦労をかけるだろう」

「いいんです、おらが選んだ道ですから」

気丈に背筋を伸ばす姿にこれからもどれほどの心労をかけるのかを考えるとズキリと先程とは別の意味で胸が痛む。

ここは江戸時代に迷い込んでしまった現代人の「僕」という青年が逞しく生き抜いていく世界のお話である。ーーーーー




3/2/2024, 11:29:05 AM