ふとした瞬間 2025.4.27
「そっかぁ。お前、小説書き始めたんだな」
テーブルを挟んだ向かいで缶ビールを開けている、親友のカオルに俺は声をかけた。
「実は、俺も小説書いててさ」
俺はさきイカを口に放り込んでいるカオルに向かって、ビールをついでやりながら打ち明ける。
「へぇ~コウキもなんだ。ペンネームとかあんの?」
「ああ、俺の名前『コウキ(光輝)』からは、わからないかもしれないけど『エレノア』にしたんだ」
エレノアというのは、編集者がつけた名前だ。
何でも、俺の作品はとても繊細とのことで、売り出すなら、女性名のほうが良いと言う提案を受けたからだった。そうしてこっそりと作家活動をしていたのだ。カオルにも内緒で。
「あ〜。だから分かんなかったんだ」
カオルはポテチをつまみながら俺の方を見た。
前から思っていたが、カオルは細身のくせによく食べる。しかし、今日初めて知った。文章を書くとは。
「そういえば、コウキはどんな話を書くんだ?」
カオルが俺にチューハイを渡してくれる。
俺は缶を開けると、一口飲んでから言った。
「ちょっと恥ずかしいけど、ラブストーリー書いててさ」
実は俺の得意分野である。
男女の繊細な心の動きが素晴らしい、という高い評価をいただいて売り出したのだった。今はまだデビューしたばかりでまだまだ下積みではあるが。
「へぇ~。ラブストーリー書いてるんだ」
カオルは足を組み替えると、大きく伸びをする。
「実は、切ない恋愛書きたくって。今のテーマは遠距離恋愛の切なさみたいなのを考えててさ……でも恥ずかしいから言うなよ」
俺は現在考えているプロットをポロリとこぼしてしまった。口止めしたし、あいつはあちこちでしゃべらないタイプだ。大丈夫だろう。
「奇遇だな、俺もだよ。遠距離恋愛をテーマにした、切ない恋愛物も外せなくてさ」
外せなくて?
ふとした瞬間、俺の中で嫌な予感がした。
「なあ、おいひょっとして」俺が尋ねると、
「やっぱカッコイイアクションシーンもりもり入れたいよな! それに切ない2人の濃厚なラブシーンも。なあ、合作しよう?」
俺は断りきれず、匿名でカオルと合作したのだが、結果は繊細な話が好きな層にはアクションが受けず、アクションが好きな層には俺の話は展開が遅かったと、評判は今ひとつだったことは言うまでもない。
「お前の展開、悪くないんだけどもうちょっとこう波乱万丈でも良くね?」
「いや、ここは男女の機微に焦点を当てたやりとりをしっとりと味わうところで」
俺とカオルは創作の方向性が違いすぎ、お互いを否定しあっていた。だが、やはり作家に敬意を払えなかった俺が悪い。
俺はカオルに頭を下げて、カオルはそれを許してくれて、仲直りが出来た。
こうして、書き手としての俺とカオルの縁は一度切れた。
しかし、俺たちは通常の親友としての付き合いをやめたわけではない。
一緒に酒を飲んだり、遊びに行ったりと付かず離れずの付き合いだ。
ただ、創作の話題が一切出ないだけで。
そして、大学卒業とともに、疎遠になってから10年後。
カオルは昨年賞を取り、新進気鋭の作家、パフューム.Yとなって部数を伸ばしているようだ。出版業界に身を置いていると、こんな話が耳に入る。
そして俺も、文壇では心の機微を描く繊細な作家という評価を受け、派手さはないが一定数のファンがついている。ファンにはとても感謝している。
俺達は共に作家になったわけだが、作品傾向は交わらない。なので疎遠のままだと思ってたのだが……。
まさか企画もので合作することになるとは。
あの惨憺たる結果を今一度出す気なのか企画者は。
しかし、大手のスポンサーだ。逆らうことも出来ない。
前編担当の、俺が書いたあの作品傾向の話を、カオルは一体どうやって回収する気だ。
俺の心のなかで、俺が作った、繊細な作品世界が破壊される恐怖と、もやもや、同時に怖いもの見たさが戦っていた。
4/28/2025, 5:32:04 AM