『鐘の音』
降り積もる雪が古城の窓辺を白く染める季節。
冷たい窓ガラス越しに雪に覆われた庭園を
眺めながら、メアは悲しみに沈んでいた。
実の母は彼女を産んですぐに亡くなり、
乳母に育てられたメア。城での生活は
メアにとって優しいものではなかった。
父の正妻であるサラの存在がその理由だ。
妾の子として生まれたメアを、
サラは快く思っていなかった。
城の人々の関心は、後継者であるメアの兄
ウィルムに注がれ、かつては共に遊んでくれた
兄の態度も最近は何処かよそよそしい。
この広大な城でメアに心を寄せる者は、
父ドレイク、メイド長メルセデス、
乳母マリアンヌ、執事長クロードのみ。
「書き取りが終わるまで食事は抜きよ」
継母の言葉に従い、筆を走らせるメア。
「終わりましたわ」
やっと書きあげたものを継母に差し出すと、
鼻でフッと笑うだけ。
メイドから渡されたトレイを
受け取る間もなく、
「あっ」
手を滑らせスープが床に零れ落ちた。
サラは忌々しげな溜め息を吐く。
「全く、鈍臭さは母親譲りね」
継母の言葉に、背後で控えるメイドの
エレノアが口元に手を当て笑う。
彼女はいつも皮肉めいた笑みや
馬鹿にしたような態度をメアに向けるのだ。
たまらなくなったメアは、
粉雪の舞う日、城を抜け出した。
白い大地に足跡を残す度、
サクッサクッと音が響く。
氷柱をまとった黒い枝先が、
鼠色の空に伸びている。
(あの者たち、今に見てなさい。
わたくしが最強の悪役令嬢となった暁には、
たっぷりいじめ抜いてさしあげますわ)
民家の軒先に飾られたヤドリギの
乳白色の実を見つめるメア。
もうすぐ聖夜祭。家々では、家族が飾り付け
を楽しみ、街へ買い出しに向かい、
和気あいあいと過ごしているのだろう。
お父さまは、わたくしがいなくなったら
悲しんでくださる?
……いいえ、きっと跡取りである
お兄さまのほうが大切なはず。
わたくしがいなくなっても誰も困らない、
むしろあの人が喜ぶだけ。
遠くから教会の鐘の音が聞こえてくる。
メアの心にぽっかりと空いた穴を、
鐘の音が通り抜けていく。
冷たい石の階段に腰を下ろし、
メアは白い息と共に小さく呟いた。
「お父さま、わたくしを迎えに来て。
わたくしが必要だと言ってください 」
しかし、父は出張で遠い国へ旅立っている。
叶わぬ願いだと知りながら、
メアは鐘の音に耳を傾けていた。
8/5/2024, 6:00:05 PM