公立中学校2年C組。ウチのクラスは同じ学年の他のクラスに比べて目立たない。
ヤンチャな人がいない、飛び抜けて勉強のできる人もいなければ、運動ができて目立つ人もいなかった。リーダーとして活発に意見を言う人もいない。その代わり、落ちこぼれもおらず、登校拒否の人もおらず、皆んなそれぞれが気の合うグループに属していて、その中で平々凡々に学校生活を送る。そんなクラスだった。
私も、そんな1人だった。
そんなある日、2年C組に事件は起きた。
それは給食を食べ終えて、気の合うグループ同士でお喋りに興じるいつもの日常に突然。
教室の後ろの方で、派手な大きな音がした。身体をびくつかせて音がした方へ振り返ると、椅子が倒れ、同級生男子2人が腕を掴み合っていた。
喧嘩!?
2人の表情は硬く、喧嘩は収まりそうもない。
クラスの皆んなは固唾を飲んで2人を見つつ、どうしよう…という雰囲気になっている。
腕を掴み合う2人は「お前が悪い」「悪くない」と口からツバを吐きながら大声で罵り合っている。
私はそっとこの教室の中にいる教育実習生を見る。
大学生は、青ざめながら2人を見ていた。
こんな場面に遭遇するなんて、ツイてないね。
クラスの子が担任を呼びに行ったのを横目で捉えて、先生が早く来ればと私は思っていた。
他のクラスの子たちが喧嘩に気づいて廊下からC組を眺めていた。
「やめろよっ!2人ともやめろって!」
クラス委員長が、2人の中に入って、2人を引き離し始めた。
それがきっかけとなって、2人の仲の良い男子たちが引き剥がしに加勢し、なんとか羽交い締めにして引き剥がす。
クラス委員長は、罵り合っている2人を静止させようとしている。
走って来た担任が一喝し、2人とも教室から連れ出されていった。
廊下の野次馬も、自分のクラスへ戻っていく。
斜めになった机、倒れた椅子をもくもくと元に戻していく委員長。
手助けをしたい気持ちに駆られて私は倒れた机に手を伸ばす。金属の冷たさ、机の重さ。委員長が「ありがとう」と私に向けて微笑んで、私は「うん」と小さく頷いた。
何をするにも一緒の女の子2人組の内緒話が聴こえてくる。
「結局、何が原因だったの?」
「さぁ」
「ビックリした…あんなにいつも仲が良いのにね」
「ね、大人しい2人なのに」
ビックリしたと言えば、と机や椅子を並べ終えた後、乱れた制服を整える委員長の横顔を見る。
2年C組の、目立たない委員長さん。
他のクラスのような陽キャな感じは全くなく、クラスの決め事の司会の声だって落ち着いてて声量も普通なのに。推薦で選ばれたけど、私はよく知らないから別の人に投票したくらい、真面目そうだけど普通の人だと思ってた。
すごく正義感のある行動だった。私が物心ついてから初めて接した勇気だった。
推薦した人、投票した人は彼の本当の姿を知っていたのだろうか。
それとも、彼はクラス委員長という肩書き故の責任感で、喧嘩の仲裁に飛び込んでいったのだろうか。
斜め前に座る委員長。
小柄で、色白で、目立たないと思っていた人が、あの瞬間は誰よりも勇敢で。
別に恋をしそうとかそういうんじゃないけど、でも、喧嘩を仲裁する行動は正直、カッコ良かった。
教室はまだ密やかにざわめいている。
委員長が席を立ち、仲の良い友人へ話しかけに行く。
友人は少し戸惑いつつも笑顔で迎え入れて、すごかったと委員長を褒め、彼は照れた笑顔を見せつつも謙遜している。
その姿は私が知っている委員長さん。
だけど彼の内面はとても正義感が強く実行力がある。
今日、私はそれを知った。
放課の間だけ許されているスマホの電源を入れる。
ビデオモードで自分の顔を映せば、それはよく知る平凡な私。
ただ観察して、人に深く関わらない私。
今までの私は平凡で、そんな生き方しかできないと思い込んでいたけど、そうではないかもしれない。
内面を磨くこともせずに、自分を評価するべきではないんだ。
ビデオモードの自分の瞳は、強い意志を持っていた。
「昨日と違う私」
5/23/2025, 8:37:51 AM