テツオ

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一年できょうにしか使い道のない厚紙。


七夕は終わった。

だからといって、遊園地との別れのように、七夕を泣くほど惜しむ子供は、世界中どこにもいない。
我ながら卑屈だ、だけども文学には少なからず、こういう思考がつきものだ。だから気にしてない……けども卑屈の言い訳に、これを引き合いに出すのも卑屈かな、とも思った。

365日、時間に換算すると、8760時間もの、一年のなか、昨日でその役割を終えた短冊たちを指先でいじると、その表面がデコボコしてるのがわかる。
上の方には穴が空いていて、その下をツーっとなぞると、黒マーカーの冷たさで指先がヒンヤリした。

でなくとも、この倉庫は全体的にヒンヤリしている。
棚にドッサリ本が並べられまくってるのを見ると、暑苦しくていやになる、が、本は好きな方だ。
時計を見る。

そろそろ開業時間だった。

図書館に人がごった返すってことは滅多にないが、同じくらい人が誰もいなくなることも滅多にない。
手をはやめなきゃな。

短冊たちを、おれの隣にあった空のダンボールへ置いて、棚に両腕つっこむ。
しばらくスカスカなんの感触もなかったが、グッと奥へ乗り出すと、やっとカツンなんて音がして、そいつをひっつかみ、滑り出す。

短冊用の保管箱だ。薄緑の箱の中には、去年のぶんが輪ゴムに縛られて沈んでいる。
箱は、学生が毎日向かい合ってる机くらい広いために、場所には困らなかった。
おれも腕にひっかけていた輪ゴムを指先に回し、短冊をひっつかむと巻いて、箱の中にドサッ。

元通り棚に戻して、おれの隣のダンボールを持ち上げて、やっとおれは倉庫から出る。
そこは図書館カウンターに繋がっていて、だが今になってもまだ閑散としていた。

同僚たちは我らの職場サマである図書館の外骨格に取り付けられた、新設の親切料金自販機の前で、なにかを飲んでるか、単に遅刻かのどちらかだ。

床にダンボールを置いて、分解するみたいに大きく平らに広げていく。
手馴れた。

脇にほとんど厚紙になったダンボールを挟み、立ち上がると、ふと右へ顔を向けたくなる。

「……」

まだ誰もいない。
棚々の間、うす柔らかな風にのり、陽光に輝き、星空のような徐行をする埃たち。
まだ誰もいないので、歩む人々に巻き込まれることなく、美しく過ごす。

こういうのが好きだ。

昨日まであった、笹と、それに付いた短冊はもうない。いつもの懐かしい風景が余計に綺麗だと思う。


『最近どう?』

風呂に入る前も確認した。
もう夜中近い時間で、おれですらもう、マットレスに腰掛けてるくらいだっていうのに、返事が来てるわけない。

ボタンを押し込んで、スマホを床に放り投げた。
そこまでヒドイ音はしない。安物のカーペットはまだ新品だからだ。

床に落ちてたトコを拾い上げ、ボタンを押し込むと、死ぬほど古くて厚いテレビがつく。

ニュースキャスターが、申し訳なさそうな顔をして熱中症で人が何人も倒れたって話をしている。
……きょう見た短冊のなかに、熱中症がはくはいますように。というのがあった。
「な」を「は」と勘違いしていて、「り」が「い」みたいで「す」はリングの部分がやたらデカかった。
こどもだろうに、そうやって書けるのは、素直にスゴイと思う。

床へ目を落とすと、図らずも自分の、バカみたいに細い足先がぼんやり白く浮かんでるのを見つける。
自分は、ふつーに生活して、ふつーに働いているけれども、こんなに骸骨なんだな。

去年もこうしてそう思ってた気がする。
このあと、おれはスマホを拾って、文字を打つんだ……と思い出すが早いか、既にスマホへ身を屈めていた。

『おれはホドホド。おまえもムリは』
「……」
『おれはホドホド。おまえは、おれとちがって、毎日きばってそうだな』

……やっぱりやめる。
スマホを床に落として、テレビを消して、横になった。


今日も倉庫にいた。
寒いくらいの冷房だが、外は正に、死ぬほどの暑さなんだろうから、別段恨むこともない。

また棚に両腕突っ込んで、取り出した。
箱を開けて、束をすくい上げると、輪ゴムを外して文字を読んだ。

『みこちゃんと幸せになれますように。』

カップルかな。
図書館デートって、おれ的には二股の猫くらい珍しいが、自販機目当てだろうか。近所に水族館が建ってあることを、思い出して思った。

そいつを一番後ろに繰って、次のを読む。

『コンサートチケット、当たりますように!!』

誰のコンサートだろう。夏のコンサートって無性にキラキラして良い。サンボマスターとかかな。WANIMAとか……
メジャーどころしか思い浮かばない。スマホを連絡手段ように契約したからだ。

『日ほ んをつつむ きょ大バ リアが 早く かい発されますよ うに。』
『バズ.ラ イトイヤー ほ し い』
『ゆめがぜんぶ かないますように。』
『おか あ さ んが び 人 にな ります よ うに。』
『じい ちゃん がい きかえ り ま すよ うに。』
『ようかい に あえます ように』

こどもたちだろう。
おれの働いている図書館には、靴脱いで上がれるキッズスペースみたいなのがあって、絵本を敷き詰めてある。子連れにも大人気と言い切れるだろう。

時計を見ると、やはりもう始業時間が近い。
短冊に輪ゴムを巻き付け、箱にしまうと、カウンターの方に向かった。

人の願い事を読み返すのは、些か悪趣味とも言えるが。あの箱を、短冊専用ゴミ箱にはしたくなかった。

7/8/2024, 8:00:50 AM