『スリル』2023.11.12
「ワルイコトを教えてあげる」
彼は笑いながらそう言った。甘美なその響きに、ドキドキした。
彼との関係がすでに背徳的で、とてもワルイコトなのに。
これ以上のワルイコトがあるのかと思うと、自然と期待してしまう。
なにを教えてくれるのだろう。お酒はハタチになって彼と出会ったときに教わった。なら次はタバコだろうか。
おれはアイドルだから、タバコはできれば避けたいが、彼が教えてくれるのならいいと思ってしまう。
それとも、賭け事。賭け事と言えば、競馬だろうか。公営ギャンブルだからそこまでワルイとは思わない。
だとしたら、麻雀かもしれない。怖い人が出てくるドラマや映画では、お金を賭けて麻雀をしている。
この歌舞伎町は一本路地に入るとそういう店がごまんとある。そういうところに連れていってくれるのだろうか。
前を歩く彼の後ろをついて行きながら、これから訪れるスリルにドキドキする。
もう時刻はとっくに天辺を超えている。夜の街が一層、派手になる時間帯だ。
少しの期待と少しの不安。その両方を抱えながら、連れていかれたところは、なんということはない。
ラーメン屋だった。
彼は慣れた様子で入っていく。慌てて追いかけて、隣の席に座った。
注文したのは一杯のラーメン。チャーシューの乗ったラーメンだ。
「これって」
「ワルイコト。この時間にラーメンを食べるなんてワルイコトをしてる気持ちにならない?」
悪戯っぽく片目を閉じてみせて彼がラーメンを啜った。
なるほど確かに真夜中のラーメンは背徳的だ。
11/12/2023, 12:56:11 PM