薄墨

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砂浜に手紙を書いた。
波間のすぐそばに。

うちのような穏やかな海にも、流木は結構流れ着くようで、
波打ち際から少し離れた浜辺の奥に、満潮の、水面が高かった時刻にたどり着いたのか、丸く砂でざらざらした枝が、海藻にくっきりと線引きされた乾いた浜辺の砂地まで打ち上げられていた。

海藻や発砲スチロールやシーグラスや海ゴミに紛れて、砂浜に落ちている流木は、その一つが誰かに持ち去られても分からないくらいには、自然に、あっけらかんと、そこに落ちている。
そのうちの一本を拾って、手紙を書いたのだ。

後悔というものは、もう取り返しのつかない事に対してしか湧かない感情だ。
だから、私が手紙を書きたい、と思ったあなたのことだって、もう取り返しがつかないことなのだ。

ちょうど、波にさらわれた砂浜のお城のように。
或いは、今ちょうど波にさらわれた手紙のように。

私が、あなたに巻き込まれるようにして関わったあの事件については、いくら私が考えてみたって、もう過ぎた事であり、取り返しのつかないことなのだ。

あなたはもう、前のあなたには戻らないし、
あの人も、もう私とあなたに微笑みかけることはないのだ。

私があの時、あなたにかけたかった言葉、
あの人にして、かけてあげたかった言葉、
それらはもう、どうしたってもう、届けられないことなのだ。

だからせめて、私は、波間にその言葉を書く事にしたのだ。
波にさらわれた手紙を。
もう取り返しのつかない気持ちを。
波にさらわれてなかったことになるように。

波が、手紙をさらっていく。
砂がさらさらと、枝で刻まれた文字の窪みを、消していく。

波が、砂浜に寄せて返す。
海の波は、今日も穏やかに、寄せては返す。

8/2/2025, 3:01:37 PM