おさしみ泥棒

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「ちょっとこれ見てください」

 向かいに座った真田さんにスマホの画面を見せると、真田さんは素直に顔を上げた。
 俺がチョイスしたのは、猫がキュウリにびっくりする動画だった。俺はわくわくしながら真田さんの反応を盗み見たが、彼は依然として真顔のままである。
 やがて「これ何ですか?」と聞いてきたので「猫がびっくりする動画っす」と答えたら、至極興味のなさそうな「へえ」が返ってきた。

「面白くないですか?」
「面白いっていうか、びっくりしました」
「びっくりするんすか?」
「猫がこう、急にびよーんってなったから」

 一応、そこがこの動画のおもしろポイントではあるんだが、どうやら真田さんのツボにはハマらなかったらしい。結果、今日も今日とて、俺のチャレンジは失敗に終わった。

 最近の俺の挑戦。それは、バイト先の先輩・真田さんを笑わせること。
 真田さんの素性は謎めいている。店長は適当な人で、真田さんについて聞いてみても「普段なにやってんのかはよく知らない」とのことだった。
 年の頃は二十代後半。細身で、銀のフレームの眼鏡をかけていて、どことなく神経質そうな印象がある。口数は少なく、表情もあまり変わらない。何を考えているのかいまいちわからないし、休憩が被ったときは会話が続かなくて気まずい。そういう理由で、俺は正直、真田さんのことが苦手だった。
 けれども最近、ある出来事をきっかけに、真田さんを見る目が変わった。

 先月、同じく先輩である森さんが、みんなにおはぎを配っていた。なんでも森さんは料理が趣味らしく、おはぎを手作りしたものの、うっかり作りすぎてしまったらしい。
 俺は喜んで貰って、さっそく休憩時間に食べることにした。ラップを剥がしながら、なにとはなしに向かいに座った真田さんをちらりと見ると、ちょうど真田さんもおはぎを食べているところだった。
 勝手なイメージで、真田さんは人の手作りが無理なタイプだと思っていた。意外だなと思いつつ見ていると、視線を感じたのか、真田さんもこっちを見た。目が合って、なぜか焦った俺は、咄嗟に真田さんに向かって「おいしいですか」と尋ねた。
 真田さんは目を瞬いてから、ちょっとはにかんで「おいしいですよ」と言った。その唇には少しだけあんこがついていた。
 そのとき俺は、真田さんの笑顔を初めて見た。真田さんって笑うんだ。おはぎを食べて「おいしい」とか言うんだ。俺はなんだか無性に感動して、それ以来、ちょくちょく真田さんに話しかけるようになった。真田さんは、相変わらず無愛想ではあるけれど、話しかければそれなりに答えてくれた。

 あのときの笑顔をもう一度見たい一心で、渾身のすべらない話を聞かせたり、変顔をしてみたり、ネットで見つけたおもしろ動画を見せたりするのだが、真田さんは一向に笑わない。
 他の人に聞いてみると、真田さんが笑っているところを見たことがある人は一人もいないのだという。つまり、真田さんの笑った顔を知っているのは俺だけ。
 そんなSSR笑顔を引き出したくて、俺は日々奮闘している。明日はどんな手を使おうか。自転車で帰路を辿りながら、あれこれと考えを巡らすのだった。

【テーマ:スマイル】

2/8/2026, 12:20:34 PM