匿名様

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「たっだいまぁ」
鍵の開く音、玄関から聞こえてきたやけに弾む声色がルームメイトの帰還を知らせる。意味もなくタイムラインをスクロールしていた指を止め、先程まで子猫の動画に癒されていた視線を移動させた。
手洗いうがいを済ませた後にリビングまで来た彼女は、近くのスーパーへおつかいに行っただけだというのに、なぜか誇らしげに片手のマイバッグをこちらへ掲げている。
「おかえり」
ひとまずお決まりの台詞を返し、相手の次の行動を待つ。が、彼女はいかにも何が問いかけてほしそうな気配を漂わせ、しかし無言で私の正面に仁王立ちするのみである。彼女がこんな風に浮き足立っているのは大抵小さな、しかも私にとっては割とどうでもいいことであると知っているからこそ気は微妙に乗らなかったが、このまま無視することもできない。
「……何かいいことでもあった?」
私がそう問いかければ、彼女はたちまち表情を輝かせておつかいの成果を発表し始めた。
「ふっふっふっ……よくぞ聞いてくれたね親友よ」
ご機嫌なルームメイトはそう言うと同時にバッグの中へ手を突っ込み、まるで某有名猫型ロボットが秘密道具を公表する時のように「じゃじゃーん!」と高々にいつくかの箱や袋を取り出した。
共通してカラフルかつポップで可愛いデザインのそれらは確かに見覚えはあれど、今となってはもう買うどころかまともに見ることすらなくなったもの。
「知育菓子……?」
言いたいことは色々浮かぶも、予想もできなかったそれの登場にどれもまともな音となって発されることはなかった。
「なんで」
彼女と私の間にある明らかな温度差。少しの沈黙の後に口をついて出たその質問も、私の顔に浮かんでいただろう困惑の表情も彼女にはいつも通りに見えたのだろうか。全く気にしていなさそうな様子で首を傾げた。
「安くなってたから。やろうよ」
「ええ……」
あっけらかんと答える彼女に、そういえばこういうやつだったと今までのあれこれを思い出しては自分を納得させる。別にこれに付き合ったところで何か損をするわけでもないし、今日はこの後何をすべきかも考えていない。多少素直な戸惑いは漏れてしまったが彼女の遊びに付き合うのも悪くはない選択肢かもしれない。笑いと呆れを含んだ息をそっと吐いてから、まあいいよと了承を返した。

それから数分。
パッケージの内容物と水を混ぜて、出来た塊やらクリームやらを伸ばして、絞って。
やるからにはイメージ画像のように綺麗に作ってやろうと意気込むも、意外と難しいのか私が不器用なのかなんだか不格好な形が並んでいく。雑談をちまちまと交わしながら二人でテーブルを囲み、時折彼女の方を見れば、私よりずっと上手な出来栄えであることを知ってなんだか悔しさを覚える。
やがてフルコースだと言わんばかりにテーブル上にずらりと並べられた、寿司やら和菓子やらをかたどったお菓子たち。幼いころの自分が見たら手を叩いて喜んでいたかもしれないと想像し、先程までの自分も案外集中して楽しんでいたことを思い出しては気恥ずかしくなった。
「最後にやったのいつぶりだろうねぇ。こういうの得意だったんだよ。工作とか」
「たしかに。そんな感じする」
写真を撮り、いただきますをして、指先で摘める小ささの一つをまた少し眺めてから口に運ぶ。
甘い。コーラ味だとかグレープ味だとかの、当然ながら見た目の料理とは到底かけ離れたソフトキャンディやグミの味。スイーツの形のものはモデル風味らしいがどちらかと言えば駄菓子な気もする。好みの別れそうな何とも言えない味に懐かしさを覚えた。
「前動画かなんかでおすすめに流れてきてやりたかったんだよね」
「なるほど。それで丁度いいことに安くなってたのを見つけたわけね」
「そゆこと」
彼女はにまにまと楽しげに手元の菓子を練っては、スプーンですくわれた薄紫のふわふわに細かいキャンディを纏わせる。そうしてそれをひと口食べると、気まぐれな親友は「またやろうね」と笑った。
彼女がいなければ家の中で過ごす休日はこんなに新鮮ではないのだろうなと思う。普段ひとりでは思い付かないようなことを共有してくれる友人への好感をもって、私はいつも「気が向いたらね」と返してやるのだ。


【おうち時間でやりたいこと】

5/13/2023, 4:32:08 PM