Morita

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初恋の人と名前が同じだ。

名前っていうか、正確には名字だけど。そんなことを思いながら、京急蒲田駅で下車する。

電車が走り去る。

小学校の時、誰にでも優しくて、教室の隅で本を読んでいた私にも声をかけてくれて。

冬の間はいつもPUMAのロングジャンバーを着ていて、それが彼のトレードマークで。

でもそれを脱いでバスケをする姿もかっこよくて。

卒業式の後、胸に花を差した彼が教室から出て行こうとしている時、少しだけ時間の流れが止まった気がした。もし今好きだって伝えたらどうなるんだろうって。

でも、なんの取り柄もない私に応えてくれるわけないと分かっていた。だからこれはエゴだと。

好きだと伝えて、彼を困らせてみたい。この一瞬だけ、私が彼の視野に入れたら、それで満足なんだ。私は。そこまで考えて、自分の考えに嫌気がさして、結局何も言えないまま、彼の後ろ姿を見送ったのだ。

「はあーニンニク食いたい欲がマシマシですよ、もうこれはニンニクマシマシですよ」

今どうしてるかなあ、蒲田くん。
ホームに「夢でもし逢えたら」のメロディが流れて、少しだけ胸が痛くなる。

「あっ!!」

隣にいた田中がでかい声を出したせいで、私は現実に引き戻された。

「なに」
「シュッシュ忘れた!!!」
「シュッシュ?」
「これこれ」

田中は口内にスプレーする仕草をしたが、すぐにやめた。

「まあーいいや。先輩と行くんだし」
「私と行くから、なんだって?」
「別にニンニク臭くてもいいや」
「おいっ!」

蒲田の町は羽根つき餃子が名物らしい。
そんな話を会社でしたら、成り行きで後輩の田中と連れ立って行くことになって。

「ていうか、羽根つき餃子ってそんなにニンニク臭いの?」
「餃子って言うからにはそうでしょうよ」
「えー」
「先輩もシュッシュ禁止ですよ」
「はあ!?」
「びょーどーに行きましょーよ、びょーどーいん鳳凰堂ですよ」
「うん、分からん」

ほんと分からん、この田中という男は。

暖かな春の風がホームを通り抜けていく。

蒲田くんは今、どうしているだろう。
分からないけど、私はなんだかんだ楽しくやってるよ。


【お題:君は今】

2/27/2024, 9:39:46 AM