私はバツイチだ。
今の世の中、バツイチなんてよくある話だろう。
結婚したのはまだ若い20歳の頃、2年付き合った彼と結婚をした。
このまま彼と生涯を共に過ごすんだ、と当たり前のように思っていた。
ただ夫はそう思っていなかったようだ。
結婚して半年後、夫の不倫が発覚。と同時に相手が妊娠していることを告げられた。
その後のことはあまりよく覚えていないが、無事に私はおひとり様となった。
―――もう誰も信じない、愛さない。
そう思いながら仕事をして、酒を飲み、たまに1晩限りの関係を楽しむ生活をしていた。
その日もいつも通り行きつけのバーに行った。いつも私が座っている席に、男が座っている。
『まぁ、いっか。』
男の隣に座り「いつもの」とマスターに言う。
結婚生活中は酒は飲んでいなかったが、離婚してからお酒を飲むようになった。今では「いつもの」を頼めるくらいになっている。
チラリと横目で男を見ると、30代くらいのサラリーマン。
アイロンがかけてある綺麗なワイシャツ。
『あぁ、良い奥さんがいるんだろうな。……私も…。』
1晩限りの関係を楽しむ私でも、ルールがひとつある。それは
“既婚者とはしないこと”
『この人とは無理か。…でも、でも、』
何故か目が離せない。容姿は普通の人なのに、何故か気になって仕方がない。
ふ、と目が合った。
「なにか?」
低く響く、冷たいような、でも甘い声。
「いえ、素敵だなって」
ハッと我に返る。
『何を言っているの?こんな返しなんて、ナンパだと思われちゃうじゃない!』
男はクスッと笑ってこう言った。
「あの、貴女と、どこかで会った気がするのですが…」
「え?私と?」
「ええ、気のせいかもしれませんが…」
「ふふっ、多分、気のせいですよ」
その後も話をしてみると、とても話が弾んだ。趣味や好きな映画のジャンルも一緒。休日の過ごし方も似ていた。
そして彼もバツイチだった。元奥さんの不倫と、金遣いの荒さが原因らしい。
最近離婚したのか、薬指の指輪がはめてあったろう場所が少し凹んでいた。
「離婚して、久しぶりにお酒でも飲んでみようかと初めてこの店に来ましたが、来てよかった。」
『本当に似てるなあ…もし運命の赤い糸なんてものがあると私が信じていたら、こういうので好きになるんだろうな。』
「僕は運命って信じてるんですよ。」
心が読まれた気がした。彼も同じようなことを考えていたのだろう。
「運命…ですか?」
「そう。貴女は信じてないですか?」
「ええ。神様なんかに決められて、あんな裏切りされるだなんて……私という人間が運命に操られて、自我が無いような気がしてしまうんです。」
「なるほど。そう考えると、そう思いますね。でも僕は――」
「酔ってしまったみたいです。終電もそろそろですし、私、帰りますね。楽しかったです、ありがとうございました。」
彼は黙り込んでしまった。
『これ以上いたら、この人と“運命”で流されそうになる。もう私は誰も信じないと決めたんだから…』
お会計を済まし、財布をカバンにしまう。
『もう会えないかもしれないけど…』
「待って!」
顔を上げ、彼を見る。
本気の顔をしていた。真っ直ぐで、芯のある目。バーの照明で潤んでるようにも見えた。
「好きだったんです」
「…え?」
「実は貴女と会ったのは2度目なんです…部下の嫁さんだったから、諦めようとしたんだけど…」
彼は結婚式に来ていたらしい。そこで私に一目惚れしたようだけど、自分には奥さんがいたからその気持ちを殺して生きてきた。
だがその後偶然元奥さんのお金の使い込みと不倫が発覚し、離婚に至った――という訳だ。
「本気、なんです…信じてもらえないかもしれないけど」
続けて、
「友達からでも、いいので…」
と消え入りそうな声で呟く。
私は心の中で大きなため息をついた。
こんなに一生懸命愛を伝えてくるなんて…
もしかしたら私は話している時、いや、初めて目を奪われた時から恋に落ちていたのかもしれない。
分からない、けど…
「…はい、よろしくお願いします。」
ぱあっと明るくなった彼の表情はとても素敵だった。
彼にとっての【本気の恋】に、私の運命を預けてみてもいいかもな。
チリン、といつもにも増して明るく聞こえるベルを聞きながら店を出た。
火照った顔で見上げた夜空の月は美しかった。
第1話 【本気の恋】~完~
お題に合わせてこの2人やその周辺の話を書いていこうと思います。よろしくお願いします。
♡︎8ありがとうございます。励みになります。
9/12/2022, 1:53:04 PM