もんぷ

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約束
 
「はぁ、受験も卒業も考えたくないなー。あ、でもさ、卒業式の日、一緒に写真撮ろうね。」

 美化委員会終わり、下駄箱に着くまでの他愛もない会話の最後に松田さんが呟いた言葉。それに答える前に彼女が友達を見つけて別れを告げて行ってしまったから確固たる約束とはならなかったものの、カレンダーアプリの来年の三月一日の欄に「写真」という2文字だけの予定を打ち込むほどには楽しみにしていた。人当たりの良い彼女とクラスの隅にいる自分では、委員会が同じという奇跡的な繋がりが無い限り、そんな会話を交わす関係性になれなかったと思う。実際、クラスも委員会も離れてしまった最後の年は会話も一切無かった。それでも、自分たちにはあの日の約束がある。そう信じて三月一日を待っていた。
 待ちに待ったその日、そわそわとしながら松田さんのいるクラスに足を運んだ。みんなの輪の中心で涙を流す彼女は大きな花束を大事そうに抱えていた。ソフトテニス部で部長を務めていた彼女のことだから、その旅立ちを盛大に祝われたのだろう。さて、声をかけようにもこのクラスには松田さん以外の知り合いもいないし、大勢に囲まれているから近づくことさえままならない。場が収まるまで待とうと思っていたその時、輪の中心にいた一人の男が泣いている松田さんを抱きしめた。何が起こったのか理解するより前に、みんなが「ふぅー!」とか「きゃー!」とか茶化すように歓声を送った。

 家へと帰る電車の中で、実現することのなかった「写真」という予定の通知が携帯に送られてきた。彼女が大事そうに両手で抱えていたあの花束は彼から貰ったものだった。自分がまた一緒にならないかという淡い期待を持って選んだ美化委員会。それとは違った委員会を選んだ彼女のこの一年間はきっと濃い記憶ばかりで、自分との約束よりも大事なものがたくさんあったんだろう。悲しい、恥ずかしい、辛い、惨め。そんな嫌な感情ばかりで埋め尽くされて消えてしまいたくなったが、受験や学校というこの辛い一年間を乗り切れたのは、朝起きて一日が始まるのが憂鬱だという気持ちを薄れさせたのは、紛れもなくこの約束のおかげだから。彼女のLINEもSNSも何も知らないし、この気持ちが彼女に直接届くはずもないから意味はないが、「ありがとう、お幸せに。」と強めに念じておいた。

3/5/2025, 6:12:24 AM